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超知能の作り方と超人類への道1

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シンギュラリティとはなにか。いろんな定義がある。私は、未来のある時点で人工知能の知的能力が人間をはるかに凌駕して、それによって科学が飛躍的に発展して、人類社会が大きく変動するときと定義したい。アメリカの未来学者レイ・カーツワイルはシンギュラリティ概念をさかんに宣伝しているが、彼によればその時点は2045年頃であるという。

18世紀から19世紀にかけて英国で産業革命が起きて、蒸気機関が発明された。これは人間とか牛や馬などの筋肉労働にとって代わるもので、人間や動物をはるかに凌ぐ力を持っていた。そのため社会は大きく変化した。それと同様に超知能と私が呼ぶ人工知能が発明されるとすれば、人間の知的能力をはるかに凌ぐ力を持つであろう。それは人間の頭脳労働を置き換えるもので、社会は大きく変化するであろう。つまりシンギュラリティは産業革命に次ぐ、次の新しい革命なのだ。私の想像ではシンギュラリティは産業革命をはるかに凌ぐ影響力を持ち、人類を新たな進化段階である超人類への道を開くものであると想像している。

カーツワイルによれば人工知能が人間一人分の知的能力を追い越す時期は2029年、全人類の知的能力を追い越す時期は2045年としている。2029年とすればあと9年でもうすぐだ。もっとも人工知能は特定の分野においてすでに人間をはるかに凌駕している。その一番良い例がアルファ碁である。英国のディープ•マインド社が開発した人工知能のアルファ碁は2016年3月に韓国のイ・セドル九段に4勝1敗で勝利した。また2017年には中国の柯潔(かけつ)九段に3勝0敗で勝利した。さらに2017年末に発表されたアルファゼロは囲碁だけでなく、将棋とチェスにおいても、すでに人間のトッププロを凌駕する能力を獲得した。つまりアルファゼロに対しては、これらのゲームでは人類の知的能力は歯が立たないのである。

人工知能のその他の進歩としては、IBMの人工知能ワトソンは2011年にジェパディというゲームで人間のチャンピオンを破っている。アルファ碁を開発したディープマインド社は、アルファ碁の次に、アルファ・スターという人工知能を開発して、2019年にスター・クラフト2というゲームで人間のチャンピオンを破った。

このように特定の分野では、人工知能は人間の知的能力をはるかに上回っているが、それはあくまで特定分野である。このような特定目的の人工知能を特化型人工知能と呼ぶ。次の問題は人間の知的能力一般を超えるような汎用人工知能ができるかどうかだ。汎用人工知能(Artificial General Intelligence=AGI)とは、人間のようにいろんな知的作業をそれなりにこなすことができる人工知能である。汎用人工知能ができると、多くのサラリーマンが従事している事務的仕事が機械に代替されて社会は大きく変動するであろう。専門家などの高度な知的労働者も仕事を失うかもしれない。産業革命の時に肉体労働者に起きたことが、シンギュラリティでは知的労働者に起きるのだ。

汎用人工知能ができたとして、シンギュラリティはどのように起きるか。どのような姿で現れるか。自立して意識を持った人工知能としての超知能が誕生するのか。そのような超知能はアメリカ映画「ターミネーター」や「マトリックス」のように人類を滅ぼしたり、支配したりするのであろうか。私はそのような考えをハリウッド的世界観と呼んでいる。

しかしその危惧はハリウッドだけのものではない。例えば英国のオックスフォード大学の哲学者であるニック・ボストロムは著書「スーパーインテリジェンス 超絶AI と人類の命運」でそのような問題をまじめに論じている。

ニック・ボストロムの説をまじめに捉えて人工知能の脅威を心配している著名人にアメリカの起業家のイーロン・マスクがいる。イーロン・マスクは電気自動車のテスラ社のCEOであり、人類の火星移住をめざすスペースX社のCEOなども務めている恐るべきイノベーション力を備えた人物だ。彼の総資産は14兆円といわれている。極めて影響力のある人物だ。そのイーロン・マスクは人工知能が人類を支配するのを防ぐために二つの策を立てた。オープンAIとニューラリンク社である。

まずオープンAIについて述べる。イーロン・マスクは人工知能の研究は秘密ではなく公開でなければならないとした。政府のどこかの秘密研究所で密かに戦争や人類支配のための人工知能が研究されるのは危険だからだ。実際、核兵器や生物兵器などはそのような研究所で開発された。

イーロン・マスクは2016年にオープンAIという組織を立ち上げて、超一流の研究者を高給で招聘した。そうして2019年に発表された人工知能にGPT-2がある。GPT-2になにか文章を与えると、それ以降の文章を勝手に作ってしまう。できた文章は人間が書いた文章とほぼ区別がつかない。この人工知能が悪用されると嘘のニュースつまりフェイク・ニュースがいくらでも簡単に作れてしまう。極めて危険である。そこでオープンAIはGPT-2のソースコードを非公開にした。オープンAIがクローズドにしたものだから、大きな話題になった。さらに皮肉なことに、もともと非営利団体として設置されたオープンAIは2019年にマイクロソフトから千億円の資金調達を受けた。そして2020年にはGPT-2の後継であるGPT-3の技術をマイクロソフトに独占的に供与することを決めたのだ。オープンAIのもとの理想、つまり人工知能研究は非営利的に公開で行うという理想は変質してしまったのだ。そのためかイーロン・マスクは2018年にオープンAIの取締役をやめている。意見が合わなかったからだとされている。ちなみにGPT-3では文章だけでなく作曲もできる。GPT-3にイントロ部分を与えると、あとを作曲してくれる。HTML言語のコードを数行与えると、ウェブページのレイアウトも作ってしまう。恐るべきものだ。人間のやるべき創造的な知的作業がどんどん人工知能にとって代わられているのだ。

イーロン・マスクの次の取り組みは2017年に立ち上げたニューラリンク社である。その目的は人間の脳とコンピュータを直接接続する脳機械インターフェイスのチップを開発することである。

人工知能はコンピュータ上で動作する。人間は人工知能に指令を与えるためには、キーボードやマウス、ディスプレーなどでコンピュータとやり取りする。しかし手が動かないとか、目が見えないとかハンディキャップを負った人は、それが難しい。そこで脳とコンピュータを直接に接続しようというアイデアがでてくる。これを脳機械インターフェイスという。

その方法は大きく分けて二つある。侵襲式と非侵襲式である。侵襲式とは手っ取り早く言えば、頭蓋骨に穴を開けて脳の内部に電線を挿入する方法である。非侵襲的手法は、頭蓋骨に穴を開けるような大胆なことはしない。穴を開けずに脳内の情報を取り出したり、あるいは情報を脳に与えたりする。

非侵襲的法の代表的なものとして脳波を用いる方法がある。非侵襲的手法は、頭蓋骨に穴をあけるなど大胆なことをしないので、たしかに安全であるのだが、通信速度が遅いという欠陥がある。それでも脳波ではなく、赤外線をもちいるとかいろんな手法が研究されている。それでも侵襲的な手法に比べれば、通信速度の点では劣るのは仕方がないだろう。

ニューラリンク社は2019年7月に第一回目の発表を行い、そのようなチップができたこと、そのチップを安全に脳の大脳新皮質に移植するための手術ロボットを発表した。そして実際にネズミで実験を行なった。さらに2020年8月には第2回目の発表を行い、豚の脳にチップを埋め込んで、豚が今何を考えているかを情報として取り出すことに成功した。ニューラリンク社の本来の目的は人間の脳にチップを埋め込むことである。その実験をするために米国の食品医薬品局(FDA)の承認を得たと発表した。イーロン・マスクによれば、頭蓋骨に穴を開けてチップを脳の表面に埋め込む手術は、近視治療の手術であるレーシック手術と同様に、入院の必要がない日帰り程度の手術だという。

私はニューラリンク社が開発する脳機械インターフェイスのようなものが、超人類への鍵であると思っている。つまり人間とコンピュータ上の超知能を直接結合して、人間の知能を増強して超人類にするのだ。

シンギュラリティは産業革命につぐ、人類史における大きな革命となるであろう。それにより人類は進化の新しい段階に踏み出す。超人類への道である。人間よりも圧倒的に知的能力の高い人工知能である超知能と、脳機械インターフェイスを経由して、人間の脳とを直接結びつけて、人間の知能を圧倒的に強化することを考えている。そのようなサイボーグ人間こそが超人類への第一歩であろうと思う。次回からはそのような超知能の作り方の話をする。 

   
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