マッドサイエンティストの超知能ノート - NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence.html Mon, 29 Apr 2024 08:37:47 +0900 Joomla! - Open Source Content Management ja-jp S氏がもしAI作曲家に代作させていたとしたら? https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1867-note9.html https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1867-note9.html

S/N
S氏がもしAI作曲家に代作させていたとしたら
What If AI Composed for Mr. S?

中ザワヒデキ、草刈ミカさま

松田卓也です

以前にご招待いただいた、京セラ美術館で開催中(2021年1月23日- 4月11日)の「平成美術:うたかたと瓦礫」展に昨日行ってきました。岡崎公園は桜もすでに散り始めていましたが、たくさんの人出で賑わっていました。京セラ美術館は以前は国立博物館といって、私はよくそばを通ったものですが、中に入るのは初めてでした。老朽化したので京セラが資金を出して内装を一新したのです。近くの京都会館も1960年代に私が学生の時によく音楽会に通ったものですが、これも老朽化してロームの資金で立て替えました。

京セラ美術館はまず建物の中に入るのに入り口がわからず、周りを一周してしまいました。それでもなんとか入ると、内部は綺麗になっていました。「平成美術」は一番奥の東山キューブという部分で開催されていました。中に入るとまさに瓦礫の山のようでした。現代芸術に疎い私は、これが芸術かと思いながら一周しました。古いテレビをたくさん集めたコーナーが興味深かかったです。

ようやく中ザワさん、草刈さんのコーナーを見つけて一巡しました。S氏(佐村河内守:さむらごうちまもる)がN氏(新垣隆:にいがきたかし)という人間ではなく、AIに作曲を依頼していたらだれが真の作曲家かという問題提起ですね。S氏がN氏に代作を依頼した指示書と楽譜がとくに興味深かったです。200ページにも及ぶスコアーをみて真っ先に思ったのは、すごいなあ、これでN氏はいくらもらったのだろうということです。後で調べると200万円だそうですが、1ページ1万円で安いと思います。それにしてもN氏はすごい作曲能力だと思いました。総譜をみるとクラクラします。指示書は確かに曲の雰囲気を指示していますが、これだけではどんな音かは全く想像もつかず、やはりこの曲はN氏の作曲であると思いました。

興味を惹かれて帰宅後に佐村河内守作曲「交響曲第1番」をYouTubeで聞きました。なかなか荘厳な曲ですね。クレジットは佐村河内守/新垣隆となっていました。でも現状の音楽の常識ではあくまで新垣氏の曲でしょう。演奏後に佐村河内氏が現れて、聴衆の絶大なコールに応えていました。これは多分、事件が公になる前だと思います。知りませんが。曲自体はベートーベン、ブラームス、ブルックナー、マーラーの流れをひくものですね。あとでカラヤン指揮ベルリンフィルのベートーベンの交響曲第3番「英雄」を聞いてしまいました。

この事件に関して、私の感想はこの曲が佐村河内守作曲でなくて、最初から佐村河内、新垣の共同作曲としておけば問題はなかったはずです。科学論文では現代では共著が当たり前で、単著論文は珍しいです。単著論文はすごい論文か、あるいは共著者を集められなかったという意味で価値が低い論文だと感じます。佐村河内氏が指示書だけ出して新垣氏が作曲したというのも、科学論文で言えば教授が全体方針を示して、学生や助手が研究したというのと同じことです。この場合でも教授の単著として発表されれば、事実がわかればアカハラと指摘されます。芸術の世界も今後、共著を認めれば問題はなくなるはずです。

ところで教授と学生の科学論文の共著問題ですが、学生側はえてして教授は単に指示を与えただけで、実際に手を動かしたのは自分だから自分の研究であると思いがちです。しかし研究において真に重要なのは、基本的な発想の部分です。ですから教授の功績部分は大きいのです。学生がのちに立派な科学者に成長して独自に論文をかけるようになれば、それは成功です。しかし他人からの指示や助けがなければ研究できないなら、単に手を動かすだけが研究だと思ったのは錯覚です。

S氏とN氏の問題も、S氏を単に詐欺師というのは適切でないと思います。科学研究の場合で言えば、S氏が教授でN氏が学生に相当します。N氏がのちに独自にすごい作品を発表できるならいいのですが。

映画も芸術ですが、こちらは監督と俳優だけではなく、プロデューサーが重要です。その例ではS氏はプロデューサーですね。映画ではその他、関わったあらゆる人がクレジットされます。音楽もその他の芸術も関係者全員をクレジットしておけば、この事件は生じなかったでしょう。

さて中ザワさん、草刈さんの問題提起、もしS氏が人間でなくてAIに作曲させたらだれの曲になるかですが、私はその場合はS氏だろうと思います。現在でもデスクトップミュージック(DTM)アプリを駆使して作曲しても、作曲者は当然、人間でしょう。DTMアプリは要するに楽器みたいなものです。将来はAIが作曲するといっても、AIは多分、一種の楽器のようなもので、全く自動的に作曲することは多分なくて、指示書に相当する部分が必要と思います。グーグルのGPT-3は音楽のイントロを与えると、そのあとを作曲するそうですが、まさにそんな感じですね。将来の作曲家は作曲用AIを買って、その使用法を学んで、いろんな曲想をAIに与えて、ああでもないこうでもないと思いながら作曲すると思います。そうなると作曲という高度な行為に対する敷居が低くなるので、誰でもが作曲できるようになるでしょう。作曲の大衆化がおきて、作曲コンテストが行われるかもしれませんね。ヤマハとかローランドが作曲用AIの製品を出すでしょうね。

私は色々妄想するのが好きです。演奏もAIが行うことを夢想します。例えばピアノを例にとれば、自動ピアノの場合のようにAIが勝手に演奏するのでは面白くありません。人間が腕と指に外部骨格を装着してピアノを弾くのです。楽譜はヘッドマウント・ディスプレーに表示されて、人間が最初の指示を与えると、指が勝手にピアノの鍵盤を叩くのです。これはあくまで練習用でして、最後は機械を外して一人で演奏するのが目的です。というのもAIがかってに演奏するのでは、人間から見ればつまらないからです。鍵盤を叩くタイミングとか速さ、強さは人間が指示します。そうでなければ全く同じ演奏になってしまって、つまりませんから。資本主義社会で自動演奏ロボットが商業的に成功するためには、消費者の満足感を満たす必要があると思います。この場合もピアノ演奏の大衆化が起きて、音楽自体は繁栄すると思います。書道も同じことで、だれでも王羲之の書が書けるようになるのです。AI芸術が出現すると芸術の大衆化が起きて、芸術が芸術家の専売特許でなくなるでしょうね。それはそれでいいことではありませんか。それでも芸術自体はなくなることはないでしょう。

私は科学者ですから、芸術ではなく科学するAIを妄想します。将来は科学用AIの製品ができて、それに科学的なアイデアを入れると、研究で複雑な労力を必要とする部分、たとえば文献調査、式の変形、計算、論文書きなどを代行してくれます。そうして科学研究という従来は高度な技術を必要とする分野の大衆化がおきて、一定の訓練を受ければ科学論文が書けるようになります。

それでも誰でもが科学論文をかけるかというと、そんなことはなく、DTMの操作がそれはそれで高度な技術を必要とするように、やはり勉強しないと、そもそも科学的発想がうまれないから論文は書けないでしょう。科学研究に補助AIを使ったとしても、やはり人間側の頭の良さは必要でしょう。

つまり芸術にしろ科学にしろAIが勝手に自律的にやってしまうのでは面白くなく、やはりAIを使って人間が芸術や科学をするから面白いと思います。中ザワさん、草刈さんからいただいた招待用のチケットから始まった私の妄想です。

<佐村河内守 交響曲第1番 HIROSHIMA 第3楽章 フィナーレ>

{youtube}25UqRHUzQdk{/youtube}

以下は参考文献です。

https://www.aibigeiken.com/store/sn_j.html
https://www.aibigeiken.com/research/r033.html
https://www.aibigeiken.com/research/r032.html

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マッドサイエンティストの超知能ノート Mon, 05 Apr 2021 09:25:17 +0900
秘密研究所と秘密研究会 https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1866-note8.html https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1866-note8.html

私は人間の知能をはるかに凌駕する機械知能、つまり超知能を作ることを目指して研究している。超知能を作るためには、人間の大脳新皮質で働いていると思われる基本アルゴリズム、これをマスターアルゴリズムと呼ぶとすると、それがどのようなものかを解明するのが近道であると考えている。

私の研究所は京都の鴨川のほとりにある京都技術科学センターという建物の一室にあり正式名称は「AI2オープンイノベーション研究所」という。秘密研究所とは私が勝手に呼んでいる名前だ。別に秘密でもなんでもなく、ちゃんと看板もかかっている。正式な所員は3名である。

その研究所のスポンサーは株式会社ブロードバンドタワーである。その会長兼社長の藤原洋さんは、彼が京都大学の学生時代に私が少しお世話したことがあり、それが元でこの研究所の他に、私が主催する「シンギュラリティサロン」も後援していただいている。藤原さんは科学技術の普及発展に非常に関心があり、京都大学の花山天文台の望遠鏡設置に資金協力したり、慶応大学に藤原洋記念ホールを作ったり、藤原洋数理科学賞を作り有為な科学者を表彰したりしている。現在はSBI大学院の学長も務めておられる。 

さて私はその研究所で2015年から週に3日、一回につき4-5時間の勉強会を開いている。これも私は勝手に秘密研究会と呼んでいる。元は私の自宅で私の大学時代の元の学生数名を集めて個人的に開いていた勉強会の延長だ。2020年にコロナが蔓延し始めてから勉強会はzoomを利用してリモートで行うようになった。その御蔭で、遠隔地からも参加できるようになり、現在の参加者は私を含む名誉教授が4名、現役教授が2名、退職した技術者などである。多くが京都大学出身者であり、物理学・宇宙物理学専攻が主である。週日の午後に開くために、仕事のある現役の人はスケジュールの調整が大変なようだ。その点、名誉教授とか退職技術者は時間がたっぷりあるので、集中的に勉強することができる。

勉強会の主なテーマは、現状は機械学習とその基礎数学、神経科学、計算論的神経科学である。私の本来の研究内容は宇宙物理学、天体物理学である。勉強会のもとからの参加者は全員そうであった。しかし私は70歳を過ぎる頃からテーマをシンギュラリティ問題に変えた。というのも、以前のエッセイで述べたようにシンギュラリティが起きると世界の歴史が激変するので、それに参加したいと思うようになったからだ。そこで2015年くらいから機械学習と神経科学の勉強に集中することにした。

神経科学に関しては、大阪大学医学部の学生さんに指導してほしいと頼まれて、我々と阪大の学生5-6名でzoomの勉強会をしたこともある。阪大医学部の起源は緒方洪庵の適塾である。そこで私はその勉強会を不敵塾となづけた。不適では少し具合悪いからだ。しかし医学部の学生さんが上級生になり、とてつもなく忙しくなり、沙汰止みになった。また京都大学の大学院で中国人の学生さんの指導も頼まれて、機械学習の勉強会を行ったこともある。これら有為な若者のために山中祥子(さちこ)プロジェクトの支援を受けたことをここに記録しておきたい。当時京都大学の学生であった山中祥子さんは1995年に起きた阪神大震災の時に自宅が倒壊して亡くなられたのだ。それを悼んだ遺族によって祥子プロジェクトが作られた。

さて勉強会だが現在は先に述べたように名誉教授、教授が主体の年寄り中心の頭脳集団として活動している。勉強会ではYouTubeで外国の大学の講義や研究会発表をそのまま英語で聞いている。日本語では適切な講義は(ほとんど)ない。いっぽう英語では山のようにある。まるで宝の山である。どの宝から手にとったらよいか迷うほどである。英語の教科書もたくさん無料で手に入れられる。いっぽう日本語ではほとんどない。インターネット時代の恩恵である。

YouTube動画で勉強することのメリットは、動画を止めて議論できることだ。大学の講義ではそうはいかない。だから1時間の講義を4時間かけて議論しながら理解することもある。私はつねづね思っているのだが、英語の読解力と聴解力は今後のこの手の勉強に必須である。それとコンピュータ言語の能力が必要だ。これらの講義で使われる言語は主としてMatlabとPythonである。

最初の頃、私は機械学習の全くの素人であり、独学(というよりは3人だが)で苦労した。まずは手始めに隠れマルコフモデル(Hidden Markov Model)の勉強を手探りでおこなった。それから少し系統的になりSimon J.D. Princeのコンピュータ・ビジョンの教科書を読んだ。またそのパワーポイントスライドを使った玉木徹先生の日本語の講義を聞いて勉強した。

それから機械学習ではBishop, Murphy, Barberなどとつづき、強化学習ではSutton & Barto、ロボティックスではThrun, Bulgard & Fox、神経科学ではベアー・コノー・パラディーソ、カンデル、計算論的神経科学ではIzhikevich、Trappenberg、Dayanなどである。これらの書誌情報は別稿にまとめる予定である。ここではPrinceのものだけ上げておく。

Computer Vision: Models, Learning, and Inference, Simon J.D. Prince

教科書は以下のプリンスのホームページからダウンロードできる。

http://www.computervisionmodels.com

このホームページにはアルゴリズムブックの他にMatlabコードも一部付随している。さらに良いことはこの教科書をもとにして、広島大学の玉木徹先生の日本語の講義動画があることだ。われわれはこれで随分勉強させてもらった。

 

 

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マッドサイエンティストの超知能ノート Sun, 04 Apr 2021 05:03:46 +0900
データ駆動科学 https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1860-note7.html https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1860-note7.html

データ駆動科学とは、ビッグデータから自然法則を解明する科学で、第4のパラダイムまた第4の科学と言われている。現在、データ駆動科学が勃興中で、私も勉強会を開いて徹底的に勉強している。極めて難しい数学の塊である。しかしここではそんな難しい数学の話をするわけではない。科学が新しい段階に入ったという話と、データ駆動科学が世界に及ぼす影響について話す。

第4の科学というからには第1,第2,第3の科学があるはずだ。それについて簡単に説明する。まず第1 の科学であるが、これは科学の発展の第一段階で経験科学といわれる段階だ。具体的には自然を実験や観測によって調べて、自然の奥底に潜む法則を見つける段階だ。

天文学と物理学の歴史を見ると分かりやすい。自然科学はギリシャ時代に始まった。惑星の運行を扱う天文学を例にとって説明する。惑星の運行に関してはいろんな説があったが、ローマ時代の西暦100年にエジプトのアレクサンドリアで生まれたプトレマイオスは、現在では天動説とよばれる説を完成させた。それによると世界の中心に地球があり、太陽や惑星は地球を中心として回っているという。プトレマイオスの天動説は現代的な観点から見れば間違っているが、プトレマイオスが観測を無視したわけではない。十分な観測の結果、天動説を作り上げたのだ。ちなみに私は高校生の時に図書館でプトレマイオスの書いた「アルマゲスト」という本を少しだけ読んだことがある。もちろん単なる好奇心で、そこから現在的な天文学の知識が得られるわけではない。

プトレマイオスの天動説は西欧で長い間支配的であったが、その説ではどうしても説明できないこともあった。ずっと後の15世紀になって、1473年にポーランドで生まれたコペルニクスは、天文観測と思索から世界の中心は地球ではなく太陽であるとする地動説を考えた。彼の説は死後に「天体の回転について」と題する本にまとめられた。これも個人的な話だが、私は東京の明星大学の図書館で「天体の回転について」の初版本を見せていただいたことがある。

その後16世紀の1546年にデンマークに生まれた天文学者のティコ・ブラーエは惑星の運動に関して、当時の技術としては最も精密な観測を行った。しかしそのデータをもとに、法則性を見出すことはできなかった。そこでティコ・ブラーエは、1571年生まれのドイツの天文学者であるヨハネス・ケプラーを助手に採用した。ケプラーは数学者としても有名であり、ティコのデータを解析できると考えたからである。しかしティコはケプラーを呼んでおきながら、自分の観測データは渡さなかった。ケプラーに手柄を独占されることを恐れたからであろう。

ところがティコは1601年にある事件で死亡した。宴会でトイレに行くのを我慢したので膀胱が破裂して死亡したという話である。しかし本当は宴会で調子が悪くなり、帰宅して自分の調合した薬を飲んで、その毒性で死亡したと考えられている。水銀中毒である。ティコは薬の研究もしていたのだ。

ケプラーはティコの集めたデータを、ティコの遺族を騙して手に入れた。そしてそのデータを解析して、惑星の運行に関するケプラーの三法則を発見した。しかしデータを手に入れるためにケプラーがティコを毒殺したという説もあり、本になっている。しかしそれも多分違うだろう。

1643年英国に生まれたアイザック・ニュートンはケプラーの法則について考えを巡らせて、現在ニュートンの運動方程式と呼ばれている物理学の基礎法則を導いた。また天体の間には重力とよばれる力で引き合っていることも発見した。ニュートンの運動方程式と、いわゆる万有引力の法則と呼ばれる重力の法則を組み合わせると、ケプラーの法則が見事に説明できるのである。ところでニュートンはその他にも微分積分学の基礎や光学の基礎も確立している。多分、今までに生きていた人の中で最も頭の良かった人だろう。

ニュートンが大学で学位をとった頃に、ヨーロッパでペストが大流行してケンブリッジ大学が閉鎖された。そのためにニュートンは1年半ほど故郷に帰り、そのときに重要な業績を上げている。当時のペストはヨーロッパの人口の3分の一も死亡したこともあり、現在のコロナを遥かに凌ぐ病気であった。

ちなみにコロナ禍で多くの大学が閉鎖されたり、講義がリモートでなされたりしている。それはそれでうまく利用すれば、科学の進歩にとって良いことかもしれない。大学の先生方も、対面講義が再開されているところは別として、リモート講義なら通勤の必要がないので、かえって研究に集中しやすいだろう。私もコロナのために勉強会はzoomで行っているが、結構効率的である。

まとめると第一の科学とは自然界を実験や観測で調べてデータを取り、そのデータを解析して自然法則を発見する段階の科学である。力学に関しては今述べたようなものだが、電磁気学に関しては1831年に英国で生まれたマクスウェルが電磁気学の基礎法則を発見した。量子力学では1887年オーストリア生まれのシュレディンガーがシュレディンガー方程式を発見している。これらはすべて物理学の基礎方程式である。

第一の科学の次は第二の科学である。これも物理学を引き合いに出せば、ニュートンたちが発見した基礎方程式を解く段階である。物理学なら理論物理学のことである。理論物理学では、数式を使って基礎方程式を解析的に解く。大学で習う力学だ。ニュートン以降、いろんな理論物理学者が活躍して惑星の運動を数式を用いて計算した。

「三体」という中国のSFがある。太陽から数光年離れた三重星系にある惑星で生まれた文明の話だ。そこに住む三体星人とよばれる宇宙人が高度な文明を持っている。彼らはある偶然で地球を発見して地球侵略を開始するという話である。しかし三重星系の運動は極めて複雑であり、数式を使って解析的に解くことはできない。だから三体星人の文明には、ティコ・ブラーエに相当する観測家はいたとしても、そのデータを使って基礎法則を解明するケプラーやニュートンに相当する科学者は生まれないのではないだろうか。あまりに複雑すぎるからだ。太陽系は幸いなことに、太陽の質量が惑星の質量に比べて圧倒的に大きい単独星であり、だから惑星の軌道運動が二体問題で処理できて、ケプラーの法則のような簡単な法則にまとめられたのだ。だからニュートンがニュートン力学を確立できたのだ。つまり三体星人には高度な科学技術文明は育たなかったと私は推測する。

第二の科学では第一の科学の段階で発見された基礎方程式を、数式を使って、手で解く段階である。つまり理論物理学である。ところが数式を直接解くことができるのは、比較的簡単な場合に限られる。一般的には解くことができない。そこでコンピュータを使って解く段階になる。基礎方程式をコンピュータを使って解くような科学の段階をシミュレーション科学と呼ぶ。これが第三の科学である。第三の科学はコンピュータの進歩とともに発展した。コンピュータが生まれたのは第二次大戦後の1946年であるが、シミュレーション科学が実用的になったのは1960年代からである。

これも個人的な話だが、私は1967年に京都大学大学院の博士課程に進学した。そして始めた研究は、コンピュータを使ってブラックホールができる過程を計算するというものであった。つまり私はシミュレーション科学の第一世代なのである。現在の科学は第一の実験・観測科学、第二の理論科学、第三のシミュレーション科学が併存する時代である。

さて問題の第4の科学であるデータ駆動科学について説明する。今までに述べた第1、2、3の科学では簡単な基礎方程式が存在している。そしてこれらが扱えるのは簡単なシステムである。ところが現在の科学では、もっと複雑なシステムを取り扱う必要がある。例えば気象、乱流、生態系、株価、コロナなどの疫病の伝播などである。これらのシステムを複雑系と呼ぶ。複雑系では、基礎方程式が分からないか存在しない場合すらある。気象や乱流の場合は基礎方程式は流体力学のナビエ・ストークス方程式である。しかしそれを実際に解くのは大変で、しかも正確な解がわかるわけではない。

株価などは日日変動するのだが、それは全くランダムなものではなく、なにか規則性があるはずだ。規則性があるから、それを見つけられれば、儲けることができる。もし全く乱雑なら株式投資は意味がない。しかし株価の変動を記述する方程式は知られていない。またコロナの場合もその基礎方程式はSIR方程式と言われているが、正確な予測は誰もできていない。

データ駆動科学とは、複雑系の膨大なデータを用いて、その背後にある法則性を発見するような科学である。観測データから規則性を発見するという意味では第一の科学と同じだが、第一の科学の場合のように簡単な方程式が見つかるとは限らない。株価の変動のように、そもそもその規則性を方程式の形に書けるかどうかも明らかではない。

気象の場合なら時々刻々の各地の気象データ、株価なら時々刻々の各社の株価変動、コロナなら各国とか各県の感染者や死者数の膨大なデータがある。その膨大なデータはビッグデータと呼ばれる。そのビックデータをコンピュータで解析して、その現象の背後にある方程式なり規則性を見つけるのがデータ駆動科学だ。たとえ方程式が見つからなくても、未来の予測をしたり、制御したりできれば良い。それがデータ駆動科学だ。今までの科学とは違う、第4の科学である。

ところで現在の段階では、株価の完全な予測やコロナの死者数の完全な予測はまだできていない。データ駆動科学の発展段階はまだ初歩的な段階である。しかし理論とコンピュータの急速な進歩により、あと10年もすればデータ駆動科学は長足の進歩を遂げるであろうと私は思う。コロナがその時代に発生していたら、世の中の動きももっと違ったものになっていたであろうと思う。

科学の発展段階を歴史的に概観して、3つに分類した。そして現在は第4の科学が生まれつつあることを述べた。実験・観測から自然の簡単な基礎法則を発見するのが第一の科学である。その基礎法則を用いて数学的な解を求めるのが第二の科学である。コンピュータを用いて基礎方程式を解くシミュレーション科学が第三の科学である。現在は第4の科学と言えるデータ駆動科学の勃興期である。膨大な観測データをコンピュータで処理して複雑系の法則を発見する研究である。

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マッドサイエンティストの超知能ノート Fri, 02 Apr 2021 09:08:00 +0900
シングルトンへの道 https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1859-note6.html https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1859-note6.html

今回の話の大筋は2021年1月にシンギュラリティサロンで、理化学研究所の高橋恒一さんが話されたことと、高橋さんの論文を元にしているが、私なりの考えでアレンジしてある。以前にシンギュラリティサロンで「超知能の作り方と超人類への道」と題して話したのだが、高橋さんの話に啓発されたのでもう一度、超知能への道を語りたい。

まず超知能とは人間の知能を遥かに凌ぐ能力を持った機械知性だと定義する。機械知性とはコンピュータつまり機械による知能のことだが、人工知能という言葉は色んな意味で使われるので、高橋さんに習ってあえて機械知性という言葉を使う。機械知性にもいろんなレベルがあり、これも高橋さんに習い、人間以下のもの、人間並みのもの、人間より優れたもの、人間より圧倒的に優れたものに分けることにする。人間より優れているか、圧倒的に優れているものを超知能と呼ぶことにする。またこれらの超知能が世界に一つしかないか、複数あって競い合っているか、さまざまな状況が考えられる。これも高橋さんの考察である。

特に世界に一台しかない、人類の知能より圧倒的に強力な知能を持つ超知能をシングルトンとよぶ。シングルトンとは一つしかないという意味で、私はこれを唯一者と呼びたい。一神教における神のような存在である。これができると世界はシングルトンが支配するようになるかもしれない。

シングルトンに関しては、オックスフォード大学のニック・ボストロム教授が「スーパーインテリジェンス 超絶AIと人類の未来」という本を書いている。その中でボストロムはシングルトンのあり得る危険性について論じている。人間が超知能を制御できなくなる危険性である。

しかし私はボストロムとは逆にシングルトンに夢を抱いている。私の考えではシングルトンは人類の知能を圧倒的に凌駕する知能を持った機械であり、この世界で知りうることは何でも知っているし、物理的に原理的に可能なことは、何でもできる、そんな神のような機械である。

超知能が知りうることは何でも知っているという意味は、インターネットにアクセスして、あらゆる意味ある有益な情報はすべて収集していることだ。具体的にはネット上の本や論文、有益な記事、ニュースなどは全て読んで知っている。また世界中の図書館の本をデジタル化してすべて読んでいる。すべてのテレビとラジオの番組を視聴している。人々のメールやSNS上の情報、ネット上の会話や電話などをすべてモニターしている。世界中の監視カメラをすべてモニターしていて、また人々のPCやスマホの画像情報や音声情報を含むあらゆる情報をすべてモニターしている。株価情報や気象情報などすべてモニターしている。さらにはスマートダストと呼ばれる微小なマイクロマシンを世界中にバラマキ、世界中の都市、自然、個人のデータを収集している。世界中の大統領・首相官邸を含む政府機関の情報収集を行って、不穏な動きを監視している。

もしこのような半知半能の神をどこかの国家なり組織なりが作り出して、かつ制御できたと仮定すると、その国家なり組織は超絶的な権力を握ることができて世界覇権が握れる。このような可能性を知れば、世界各国の政府、とくに米国と中国が乗り出さないはずはない。あるいはいわゆるGAFAとよばれるIT企業、具体的にはグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルさらにはマイクロソフトも含めて、米国の巨大IT企業が、このような超知能を作り出すことができて、かつ制御下に置ければ、膨大な利益を得ることができる。だからどこかが目指さないはずがない。もっと具体的に言えば、英国の天才デミス・八サビスに率いられるロンドンに拠点を置くグーグル傘下のディープ・マインド社はすでに知のアポロ計画と称して、これに乗り出しているのである。

人間のように考える人工知能、つまり汎用人工知能の開発を行っている組織は世界で百以上もある。例えばジェフ・ホーキンスに率いられる米国のニューメンタ社などはその最も古いもののひとつである。

キリスト教など一神教の神は全知全能の神と言われるが、シングルトンは全知全能とまでは行かないが、半知半能の神なのである。キリスト教では神がこの世界を作り、人間も作ったとされている。しかし私の考える超知能は人間が作り出す神なのである。人間は非合理で、また暴力的で戦争が絶えない。もし私の考える超知能が合理的で平和的で、無駄な争いを好まないように作ることができたとすれば、その神が世界を平和に統治してくれることを期待している。

例えばアニメの「サイコパス」では22世紀の日本はシビュラシステムと呼ばれる一種の超知能に統治されている。このシビュラシステムは、人間の脳を多数集めたものなので、私の考える超知能よりは遥かに能力が劣る。

はたしてそのような超知能を我々は作ることができるだろうか。人工知能の研究者の一部には、機械知能は決して人間を超えることはできないと主張する人もいる。しかし人間の脳の働きもひとつの物理過程であり、そこに原理的に不可思議なものは存在しない。実際、大脳を構成するニューロンを支配する基礎方程式は分かっている。ホジキン・ハクスレー方程式という。しかし脳の機能を実現するのに、かならずしもホジキン・ハクスレー方程式を解く必要はない。空を飛ぶのに、羽毛まで含めて鳥をそっくりと真似る必要がないのと同じだ。

重要なのは脳の基本的なアルゴリズム、つまり計算手順を知ることである。これをマスターアルゴリズムと呼ぶ。マスターアルゴリズムを解明すれば人間の脳を模擬した汎用人工知能が作れると私は信じている。私はマスターアルゴリズムを求めて、日夜勉強している。私の主催する勉強会である「秘密研究会」の究極的目標はマスターアルゴリズムの解明である。

20世紀の大きな技術革新の例として飛行機と核エネルギーがある。飛行機に関しては19世紀末にいろんな研究がされていた。しかし英国の流体力学の大家であったケルビン卿は、機械飛行は不可能であると、19世紀の終わりころに述べていた。ところが20世紀の初頭の1903年に米国の自転車屋のライト兄弟は初の機械飛行に成功した。

 核エネルギーに関して言えば、核物理学の大家であったラザブォードは、1936年の講演で核エネルギーを人間が利用することは不可能であると述べた。しかしその講演を聞いた若い物理学者のシラードは次の日に連鎖反応の理論を思いつき、それをもとに1939年にはウランの連鎖反応が実現し、1942年にはフェルミにより原子炉が作られた。1945年には広島と長崎に原子爆弾が投下されたのである。ラザフォードができないと言ってから9年後には原爆が投下されたのだ。

権威ある老大家が、できないと言ったとしたら、それは多分間違っているだろう。できると言えば、それは多分正しいだろうというのは、アーサー・クラークの法則として知られている。

そもそも先に述べたように超知能を最初に作った国は圧倒的な力を獲得して世界覇権を握れるし、企業なら膨大な利益を得ることができるので、やらないはずがない。過去の核兵器開発競争と同様な競争が起きると思う。あるいはすでに起きているかもしれない。

超知能を作る最初の難関は、先にも述べたように人間と同等程度の知的能力を持つ機械知能、つまり汎用人工知能(Artificial General Intelligence=AGI)を作ることだ。ここが一番難しい。飛行機で言えばライト兄弟のようにまずは飛ばせることである。核エネルギーの場合はまずは連鎖反応を起こすことだ。一度難関を突破すれば、あとは資金と資源を投入すればその後の進歩は早い。

先に述べたように、一度人間と同等程度の機械知能ができれば、人間より知的能力が高い機械知能を作ることは、お金だけの問題だろう。しかしシングルトンへの道にはまだ乗り越えるべき難関がある。高橋さんによれば人間の指示なしで動ける高度な自律性の獲得である。適度な自律性ならルンバのような掃除機でもミサイルでも備えている。それよりはもっと高度な自律性だ。

しかし私はこの点には少し異論がある。超知能自体が高度な自律性を備えると、人間がコントロールできなくなる可能性がある。私は超知能には高度な自律性は与えず、人間の指示に従って動くようにするのが安全ではないかと考える。そこで私は人間と機械的超知能を脳コンピュータ・インターフェイスで結合して、人間の知能を増強して、恰も人間が超知能になったようにするのが良いと思う。つまり超人類を作るのである。サイボーグ人間と言っても良い。この点はあくまで私の意見であり、高橋さんのものではない。

高橋さんによれば超知能への道のもう一つの難関はアルゴリズムの自己改造能力であるという。機械知性が自分でプログラミングができるようになると、自己のアルゴリズムを改良して、より速いものに作り変えるだろう。またコンピュータチップの設計ができるようになれば、機械知性はより高性能なチップを設計できるだろう。つまり一度難関が突破されたら、あとは急速に進歩するだろう。飛行機の場合もそうであったように。

一度、難関が突破されたら、そのことを秘密にすることは難しいので、各国が超知能を作るだろう。それは核兵器の場合もそうであった。技術は拡散するのだ。

しかし超知能ができたとしても、核兵器のように各国がそれを保有する可能性がある。その場合シングルトンはできない。シングルトンができるためには、最初に超知能を作った国なり組織が、圧倒的な技術的優位を獲得して、他の国や組織が追随するのを妨害できる場合だ。米国が初めて核兵器を作った時に、ソ連に作らせないために、ソ連を核攻撃すべきだという意見があったのだ。それと同じことが起きるかもしれないしそうでもないかもしれない。さまざまなシナリオが考えられる。

人間の知的能力よりはるかに高い知的能力を持つ超知能について述べた。それが世界で一つしかない場合はシングルトンとよび、ある意味、一神教の神のような存在である。世界各国に超知能が並立する場合は、多神教のようなものだろう。私は理性的で平和的な神ができて、人類を平和に幸福に過ごせるように、影から統治してくれれば良いのにという夢を持っている。ギリシャの哲学者プラトンのいう哲人政治、賢人政治の機械版だ。 

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マッドサイエンティストの超知能ノート Thu, 01 Apr 2021 09:04:00 +0900
超知能の作り方と超人類への道4 https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1858-note5.html https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1858-note5.html

前回は汎用人工知能のマスターアルゴリズムつまり計算手順としてのベイズ脳理論の話をした。今回はハードウエアの話をしよう。つまりどのようなコンピュータでマスターアルゴリズムを走らせるかだ。一番単純なのは、従来のコンピュータつまりノイマン型コンピュータを使う方法だ。これだと準備はできている。超知能となると非常に大きな計算能力が必要であろうから、スーパーコンピュータが必要となるであろう。

もっと別の行き方としては、脳の神経細胞の働きを模擬したニューロチップをもちいる方法がある。たとえばIBMの開発したトルーノースなどがその一つの例だが、そのほかにもたくさんある。この方法だと、一つの神経細胞を一つのチップが担当するとすれば、大脳新皮質をシミュレートするには数百億個のチップが必要になる。

人間の大脳新皮質は厚みが2.5ミリメートルくらいで、大きさが風呂敷程度の薄いものである。その厚み方向に神経細胞が100個ほどあり、それをミニコラムという。ミニコラムが100個ほど集まってマクロコラムとかハイパーコラムという単位を形成している。神経細胞の数でいうと1万個程度の単位だ。マクロコラムがひとつのまとまった仕事をしているようだ。さらにマクロコラムは1万個ほど集まって、脳の領野という単位をつくる。例えば視覚第一野とか視覚第二野といった領野だ。人間には50ほどの領野があり、それぞれ仕事を分担している。

私が夢想するのは、マクロコラムのする計算を担当するようなチップが作れないかである。そのようなチップができれば、それを百万個ほど並べれば、人間の脳に匹敵するものができるであろう。

もっと大胆な想像は人間の神経細胞をそのまま使う方法だ。アニメの「サイコパス」では、シビュラシステムという超知能が22世紀の日本を治めている。シビュラシステムの正体は人間の脳を切り出して集めたものだ。しかし流石にそれは現実的でないので、幹細胞から脳の神経細胞を作りだしてそれを利用したらどうだろうか。きっと倫理的な意味で猛反対に会うだろう。

ともかくなんらかの方法で脳を模擬した汎用人工知能ができたと仮定する。するとそれは原理的には人間の能力をはるかに凌駕することができる。なぜなら人間の脳は頭蓋骨という体積が2 リットルほどの空間に治めなければならないという制約がある。だから人間の知能には物理的な上限がある。今までの歴史上でもっとも頭の良かった人は誰だろうか。アインシュタインかニュートンか、はたまたノイマンか。現在生きている人の中では、宇宙際タイヒミューラー理論の提唱者である望月真一京大教授であろうか。しかし何れにしても人間の頭の良さには限界というものがある。

しかし機械であるコンピュータには物理的な大きさの制限はない。人間の脳の領野の数は50程度だが、これをコンピュータで再現したとすれば、いくらでも領野の数を増やすことができる。電波を見る専門の領野とか、気象情報を知覚するための領野とか。

コンピュータが人間の脳と比較して圧倒的な有利性を持つのはその速さである。コンピュータの典型的なクロック数を1GHzとしよう。つまり1秒間に10億回の演算ができるとする。人間の脳にはクロックという概念はないが、それに相当するものを考えて、仮に100ヘルツだとしよう。するとコンピュータは人間の千万倍はやく考えることができる。つまり頭の回転が千万倍速いのである。例えば囲碁の歴史は3000年と言われているが、これを千万分の一に縮めると3時間程度になる。実際、アルファゼロは、人間のチャンピオン相当のAIを抜き去るのに8時間ほどかかっただけである。アルゴリズムが判明してしまえば、人間をこれほどの速度で圧倒できるのだ。このことを利用するとタイムマシンのようなものをつくることができる。

さて先に述べたようにベイズ脳理論に基づく汎用人工知能ができたとする。できた当初は人間の赤ん坊と同様にほとんど何もできないし、何も知らない。人工知能内に生成モデルつまり世界モデルが存在しないからだ。赤ん坊で言えば、世界モデルは神経細胞間の結合であるコネクトームだ。赤ん坊は生まれた当初は適切なコネクトームができていない。人間の赤ん坊は自分自身の経験と親の教育で世界を探求して、脳内に世界モデルを構築していく。

それと同様に汎用人工知能も、世界を経験させて人工知能内に生成モデルを創らねばならない。そのためには人工知能には、テレビカメラなど、生物の知覚器官に相当するものをつけて世界を経験させる必要がある。このとき、人工知能をロボットにつないで、現実の物理的な世界を経験させてもよいが、それでは遅い。コンピュータ内に構築された仮想世界を経験させたほうが良い。圧倒的に早く育つはずだ。例えばアルファゼロは、人間と対局するのではなく、自分自身と対局して、人間が3千年かかった囲碁の歴史をたった8時間ほどで経験したのだ。

その仮想世界は何も現実の三次元世界である必要はなく、四次元世界でもよい。物理法則も現実のものである必要もない。仮想現実で人工知能を教育すると、我々人間には想像もつかない世界モデル、つまり彼らの常識を備えた知能を作ることができる。

人間の感覚はいわゆる五感である。それに内臓感覚を追加してもよい。しかし人工知能につける感覚器官は五感に限る必要もない。人工知能は五感ではなく多感なのである。人工知能の感覚器官が人間のものと異なるので、それで創られた世界モデルも大きく異なるであろう。つまり世界の見方、常識、さらには感情があったとして、それらは人間と人工知能では大きく異なる。だから人間と人工知能の間で真の意味の共感はできないだろう。

そのような人工知能をどのように制御するか。私は人工知能に自律性を与えないで、人間の脳と脳機械インターフェイスで接続することによりサイボーグ型人間を作る。そして意思決定の部分は人間が行う。感情部分も人間が担当する。

そのような人工知能はどのような形をしているだろうか。当初はノイマン型のスーパーコンピュータであろう。技術が成熟すれば脳チップ型でも良いし、マクロコラム型チップでもよい。ノイマン型なら初期モデルとしては10エクサフロップス程度のスパコンを想像する。1000ラック程度の巨大なサーバーだ。これらを日本に10基、世界で100-1000機程度設置する。将来的には地上だけでなく、地中、船上、さらには小惑星上にも設置されるであろう。

またこの超知能は世界中から情報を集める。それはネットからだけではなく、世界中に監視カメラをばらまく。それもスマートダストとよぶナノマシンを世界中にばらまく。するとこの超知能は世界のことを知りうる。私はこれを全知全能ではなく半知半能の神と称している。こんな人間ができたら、世界はどうなるだろうか。

例えばイスラエルの歴史学者であるユヴァル・ノア•ハラリは人類の次の段階はホモ・デウスであると論じている。ホモとは人間でデウスとは神であるから、神人間とでも言えよう。人間を改造して、永遠の寿命と恐るべき知能を備えた存在である。ここ数十年で、そのようなホモ・デウスが出現するかもしれない。またアメリカの宇宙物理学者であるマックス・テグマークは人類の次の段階をライフ3.0 と呼んでいる。この種の考えは新しいものではない。イギリスの著名な物理学者であるバナールが1929年、彼が弱冠27歳の時に書いた「宇宙・肉体・悪魔」という本がある。そのなかでもすでにそのような概念は語られているのだ。つまり神人間というか超人類という概念は新しいものではない。新しいことは、その出現が見えてきたことである。それもあと数十年の単位で。

ところで人類は全員がホモ・デウスになれるか? たぶん無理であろう。現在の世界でも金持ちのエリートと一般庶民の間には、巨大な経済格差がある。例えばイーロン・マスクの資産は14兆円だ。未来には経済格差に加えて、巨大な知的格差が生まれるかもしれない。つまりエリートの神人間と並の人間の格差だ。並の人間として望むことは、そのような世界でも、戦争がなく平和な社会になり、庶民は楽しく幸福に暮らしていけることだ。動物園の動物が自由は少ないが食べ物に飢えることのない生活を送っているように、未来の庶民はベーシックインカムをもらって、人間園で生活しているかもしれない。

超知能の作りたかと超人類への道と題して4回にわたって話した。私には超知能の作り方の片鱗が見えてきたと感じている。それを実現できるのは私ではなく若い知能だと思う。だれか挑戦してみませんか

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マッドサイエンティストの超知能ノート Wed, 31 Mar 2021 08:59:00 +0900
超知能の作り方と超人類への道3 https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1857-note4.html https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1857-note4.html

シンギュラリティを起こして超知能を作るためには、大脳新皮質で働いている基本的なアルゴリズムであるマスターアルゴリズムを解明しなければならない。アルゴリズムとは計算手順のことだ。それが一度、解明されて汎用人工知能ができれば、あとはそれを強力なものにして超知能を作ることができる。

超知能ができれば世界は変わる。その知識を獲得した組織は世界覇権を握れる。世界を支配できるのである。それほど重大な問題であると私は考えている。どこがそれに成功するであろうか。当面の候補者は米国のGAFAと呼ばれるIT企業、グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルか中国であろう。ちなみに英国のディープマインド社はグーグルの配下にある。

今回は大脳新皮質で働いているマスターアルゴリズムの候補としてベイズ脳理論の話をする。そのためにベイズ統計、ベイズ確率の話をする。なぜなら脳はベイズ確率に基づくベイズ的推論をする機械であると私は思うからだ。

まず脳の存在理由と目的について考えてみよう。いやその前に生命の目的について考えよう。普通言われることは、生命の目的は自己の保存と種族の保存である。しかしその考えは正しいだろうか。つまり自然は生命に自己保存と種族保存を命じたのだろうか。私はそうは思わない。むしろ種族保存に成功したものだけが生き残っているに過ぎないと思う。ダーウィン的な適者生存である。その種族保存のためにはまず自己保存をしなければならない。自己保存できない個体は死んでしまって種族保存ができないからだ。つまり自己保存と種族保存は生命の目的というよりは、結果ではないだろうか。

つぎに脳・神経系の存在目的について考えてみよう。そもそも脳・神経系は生命の自己保存と種族保存のために必須かというと、そんなことはない。細菌やウイルスや植物は神経系も脳もないが、非常に繁栄している。しかし一部の動物は、細菌やウイルスよりも複雑なものに進化した。その場合、餌をえる活動を合理化したい。また効率的に外敵から逃れたい、適切な生殖相手を探したい。そのために脳・神経系ができたのだと思う。

動物は、外界を正しく認識して餌を獲得すること、外敵から逃れること、生殖相手を探すことなどを合理的、効率的に行わねばならない。脳・神経系はそれらの活動を上手くこなすための器官だと考えよう。そう考えると、外界を正しく認識した動物のみが生き残る。そのようなダーウィン的な適者生存の結果として、脳・神経系の高度な機能が生まれてきたのであろう。

まとめると脳・神経系は外界を正しく認識して、動物が生存・生殖のために最適な行動をするための器官である。だとすると、いかにして正しく外界を認識するか、その方法が問題になる。

ここで話を一転して確率の話をする。なぜかと言うと、脳のマスターアルゴリズムを理解するためにはそれが必要だからだ。現在、確率論の世界には二種類の確率があり、ある意味、競い合っている。頻度主義の確率とベイズ確率である。頻度主義の確率とは、普通我々が学校で習う確率である。例えば10円玉をテーブルに投げた場合、表が出る確率は1/2、裏が出る確率も1/2であると言われる。その意味は、硬貨投げをなんどもした場合、例えば1万回硬貨を投げた場合、ほぼ5千回は表が出て、残りのほぼ5千回は裏が出るということだ。もっともきっちりと5千回ということはないが、だいたいその程度であろう。このような意味での確率を頻度主義の確率と呼ぶ。頻度主義の確率は何度も試行できる場合の確率である。

ところが例えば明日雨が降る確率が50%だと天気予報が言ったとしよう。しかし明日はまだきていないのだから、明日雨が降る場合が例えば5千回で、雨が降らない場合が5千回ということはない。つまり明日雨が降る確率は、頻度主義では説明できない種類の確率である。これがベイズ確率である。明日雨が降る確率が50%といっても、気象庁はそう予報をするかもしれないが、別の気象予報士は別の予報をするかもしれない。ベイズ確率は気象予報士が、明日雨の降る確率は50%だと思うという主観的なものなのだ。頻度主義の確率は客観的な確率であり、ベイズ確率は主観が入るのだ。

科学的であるべき確率に主観が入るとはどういうことか。競馬の予想のほうがわかりやすい。ある馬が一位になる確率が80%であるといったとすれば、それは競馬予想をしている人がそう思うということなのだ。仮に勝ち馬のかけをした場合を考える。ここにかけのオッズという概念がある。オッズとは起きる確率を起きない確率で割った値だ。例えば絶対に起きると思えば、つまり確率が1ならオッズは1割る0で無限大になる。絶対に起きないと思えば、つまり確率が0と思えばオッズは0割る1で0になる。つまりオッズにしたがって最適な掛け金が変わる。八百長をして絶対勝つと分かっていれば、オッズは無限大だから、有り金全部投じれば良いわけだ。

ベイズ確率の名前のベイズとは18世紀の英国の牧師であったトーマス・ベイズから来ている。彼は牧師であるとともに、数学者でもあった。彼の理論は死後に友人により発表された。しかしベイズ確率の理論をきちんと数学的に論じたのは、18世紀から19世紀にかけて活躍したフランスの有名な数学者のラプラスである。ラプラスは数学者であり物理学者でもあった。ちなみにラプラスはナポレオンに仕えたことでも知られている。

ところがラプラス以後、ベイズ確率は20世紀の後半に至るまでほとんど顧みられなかった。確率といえば頻度主義の確率であった。学校でも頻度主義の確率しか教えない。教科書もそれしか書いていない。というのも、科学は客観的であるべきなのに、主観が入るベイズ確率はおかしいと言う強い批判があったからだ。しかし21世紀に入り、ベイズ確率は極めて重要なものであることがわかって来た。

実はベイズ確率の公式自身は簡単なのだが、それを正しく計算するのが大変なのだ。21世紀に入り、その数学理論が整備されたこと、コンピュータの発達により複雑な計算が迅速にできるようになったことなどがあり、ベイズ確率の理論は長足の進歩をとげた。私にとってベイズ確率理論が重要なのは、脳はベイズ確率の計算をする機械であると思っているからだ。超知能を作るためにはベイズ確率の理論は避けて通れないと思っている。

ベイズ確率の公式はそんなに難しくはないのだが、口で言うのは難しいので、ここでは詳細には言及しない。しかし重要な点は、ある物事が起きる確率を計算するために、その物事の起こりやすさをあらかじめ知っている必要があるということだ。物事が起きる確率を知りたいのに、その確率を予め知っているとはどう言うことか。それは事前の予備知識である。それを事前確率という。ベイズの公式は事前確率を使って、事後確率を計算する公式なのだ。事前の知識が正確であるほど、当然のことながら事後の確率も正確になる。

ベイズ確率と脳になんの関係があるのか。脳は外界を目で見る視覚、耳で聞く聴覚、皮膚で感じる触覚、鼻で嗅ぐ嗅覚、舌で味わう味覚という五感を駆使して外界を正しく知覚して、最も適切な行動をとろうとしている。

例えば視覚を考えると、外界に存在するものは三次元の立体的な物体である。ところがそれが目の網膜に映った像は二次元である。脳はこの二次元像から、元の3次元像を復元しなければならない。また物体までの距離や大きさを判断しなければならない。私は脳はそれをベイズ推論で行っていると思う。ベイズ推論をするためには、事前確率が必要になる。事前確率は事前知識とも呼ばれ、外界の物体がどのようなものなのかを予め知っていることだ。例えばコップを掴もうとした場合に、コップまでの距離を正しく推定できないと掴めない。そのためにはコップの大きさがどれくらいかを予め知っている必要がある。このように我々は外部世界のモデルを脳内に持っているのだ。それを世界モデルと呼ぶ。ベイズ理論的には生成モデルと呼ぶ。ようするに我々は脳内に、世界のミニチュアモデルを持っているのだ。それと網膜像などの知覚刺激と比較して、正しい推定を下すのである。これがベイズ脳理論である。

脳内に世界モデルがあると言ったが、それはどのようにして作られたのだろうか。哺乳類でない、たとえばカエルなどの両生類や爬虫類では、世界モデルを予め持って生まれてくる。これを本能という。本能の世界モデルは変更がきかないので、爬虫類や両生類の行動はワンパターンである。つまり行動は決まりきっていて融通がきかない。しかし哺乳類などの高度な生物は、生まれてからの経験で脳内に世界モデルを構築していくので融通が効くのだ。

人間の赤ん坊も生まれたばかりの時は、脳内に世界モデルをほとんど持たない。例えばものを見ると言った基本的なことすら赤ん坊はできないのだ。ものを見るのも生まれてからの練習である。赤ん坊はいろんなものを触ったり、舐めたり、落としたりして経験を積んで脳内に世界モデルを作っていくのだ。その脳内モデルは具体的には神経細胞間の結合、つまりコネクトームで表現される。脳を模擬した人工知能も様々な経験を積ませて、人工知能内部に世界モデルを構築しなければならない。初めからうまく動くわけではないのだ。

汎用人工知能のためのマスターアルゴリズムの概要は以上のようなものだと私は思う。しかしそれは数学的に極めて難解で高度な理論である。まだ世界の誰も、そんなプログラムを書いた人はいない。誰が世界一番乗りで、マスターアルゴリズムを解明するか。世界の運命がかかっているのだ。私は京都の鴨川近くにある秘密研究所でマスターアルゴリズムを求めて、日夜研究している。

シンギュラリティを起こすには、汎用人工知能を作る必要がある。そのためには大脳新皮質で働いている計算手順であるマスターアルゴリズムを解明しなければならない。私は、それはベイズ脳理論だと思っている。それが完全に解明されれば、ライト兄弟が飛行機を作ったように、超知能が作れるのだ。そうすれば世界覇権が握れる。

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マッドサイエンティストの超知能ノート Tue, 30 Mar 2021 08:55:06 +0900
超知能の作り方と超人類への道2 https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1856-note3.html https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1856-note3.html

前回はシンギュラリティとは人間の知的能力をはるかに上回る人工知能ができて、それによって科学技術が飛躍的に発展して、人類社会が大きな変革をとげる時点であると定義した。そのためには人類の知的能力をはるかに上回る人工知能である超知能を作る必要がある。そのまえに現在の、特定のことしかできない特化型人工知能ではなく、一応なんでもできる汎用人工知能(Artificial General Intelligence=AGI)を作らなければならない。

また機械としての超知能が人類を支配したり、滅ぼしたりしない方策を考えねばならない。私はその一つの方向性として、人間と機械である超知能を脳機械インターフェイスで接続して、人間の知能を増強して人間を超人類に飛躍させるのが良いと思う。つまり人間と機械を一体化させてサイボーグ人間にするのである。アニメで言えば攻殻機動隊の世界だ。

まず特化型人工知能ではなく、人間のように一応はなんでもできる万能の人工知能である汎用人工知能の作り方を考える。一番手っ取り早い方法はたくさんの種類の特定目的の特化型人工知能を集めて、場合に応じて使い分けることだ。これを巨大スイッチング型人工知能とよぶと、それはすでにできている。つまり最も現実的な方法だ。この手法だと、あとは脳機械インターフェイスの完成を待つだけで良い。多分10年以内に可能であろう。でもそれではあまり夢がない。

次に考えられる方法は人間の脳をコンピュータで完全にシミュレートする方法である。人間の脳は大脳、小脳、大脳基底核などの器官でできている。大脳には約300億個、小脳には約600億個の神経細胞つまりニューロンがある。これらの神経細胞は軸索とよばれる細い線で複雑につながっている。軸索と神経細胞のつなぎ目の部分にシナプスがある。ひとつの神経細胞にはシナプスが1000ほどあるので、脳全体ではシナプスの数は数百兆個もある。この神経細胞同士のつながりをコネクトームという。結局、人間の記憶や思考はコネクトームで決まるのだ。

そこで思考に特化する人工知能を作るために大脳にある神経細胞の働きをコンピュータでシミュレーションすればよいと考えられる。神経細胞つまりニューロンは、それに付随する樹状突起上のシナプスを経由して、他の神経細胞からの情報を受け取る。その情報の強さがある一定値を超えると、細胞内の電位が上昇する。これを発火とよぶ。神経細胞が発火するとその神経細胞に付随する軸索という細い通信路を通じてパルス状の電気信号を送り出す。そのパルスはシナプス結合を通して別の神経細胞に伝えられる。だからこれらの様子を全部コンピュータ内で再現すれば、人間の知能も再現できるのではないかと考えられる。

神経細胞の電位の変化を記述する方程式はホジキン・ハクスレイ方程式といい、4元連立の常微分方程式である。4元では大変なので方程式を1本に限定した積分発火モデル、2本にしたイジケビッチモデル、フィツヒュー・南雲モデルなどがある。ともかくニューロンの動作を記述する方程式は分かっているのだ。

そこで大脳全体の神経細胞でホジキン・ハクスレイ方程式を力任せにとけば良いのではないかという考えがある。このような方向性で進んでいる代表的なプロジェクトにEUのヒューマン・ブレイン・プロジェクトがある。2013年に始まり10年計画なので、そろそろ終わりに近いがどうなっているのだろうか。このプロジェクトを進めたヘンリー・マークラムはその手法の強引さのために他の研究者の批判を浴びて辞めてしまった。

ちなみに日本での計画はどうだろうか。今は大脳の話をしているが、小脳のシミュレーションに関しては電通大の山崎先生が猫の小脳のシミュレーションに成功したと話されていた。しかし小脳は運動を司る器官であり、ロボットの制御には向いているかもしれないが、汎用人工知能が小脳のシミュレーションから生まれるわけではない。大脳新皮質のシミュレーションも日本で進んでいる。

しかし私は、この方法では汎用人工知能はできないだろうと思う。なぜかというと、知能にとって重要なのは神経細胞間のシナプス結合、つまりコネクトームにあるからだ。人間の記憶や思考を司るコネクトームは、もともと生まれた時に完成しているのではなく、体と感覚器官をもった人間が、生まれてからの生活の中で獲得してきたものだ。つまり脳型の人工知能は、作っただけではダメで、生活させて教育してコネクトームを作り上げなければならない。

人間の脳の動作をそのままコンピュータシミュレーションしただけでは、汎用人工知能は作れないだろうという予想を述べた。私は脳をそのままシミュレートするだけが汎用人工知能への道とは思わない。それは「空を飛ぶのに鳥である必要はない」からである。どういうことか。

人間は昔から鳥のように空を飛びたいという夢を持っていた。その夢を実現したのがライト兄弟である。20世紀初頭の1903年に動力飛行に成功した。19世紀末にドイツのリリエンタール兄弟は鳥の飛行を研究してグライダーを作り、飛行に成功していた。リリエンタールは鳥の翼に働く揚力を研究するために実験装置を作った。リリエンタールの兄は実験飛行中に墜落事故を起こして亡くなった。

米国で自転車屋をしていたライト兄弟は、リリエンタールの実験結果を取り寄せ、また自身でも風洞を作り揚力の実験を行った。その結果が1903年の初飛行の成功である。ライト兄弟の成功の大きな原因は、鳥のように羽ばたく飛行機を作らなかったことにある。鳥の羽ばたきは鳥を空に浮かべる揚力と同時に、前に進む推進力も生み出す。そのため羽ばたき運動は極めて複雑である。しかしライト兄弟は飛行機の揚力は固定翼がにない、推進力はプロペラが担うというように、揚力と推進力を分離した。これがライト兄弟の成功の大きな原因である。

現代に至るまで、人間は本当に役に立つという意味での羽ばたき飛行機を作っていない。つまりライト兄弟は飛行機を作るのに、鳥をそっくり真似なかったことが成功の原因である。そうしてできた飛行機は、鳥よりも圧倒的に速く飛ぶことができ、非常に高空に上がることができる。またたくさんの荷物を運ぶこともできる。つまり飛行機はある意味で鳥をはるかに凌駕しているのである。

しかし人間は鳥を完全には再現できていない。鳥は単に空を飛ぶだけではない。木に止まったり、巣を作ったり、子供を育てることができる。飛行機はそれができない。でもそんな飛行機を作る意味がないのだ。

ここでシンギュラリティの話に戻る。人工知能の専門家の中には、シンギュラリティなど起きないと主張する人もいる。しかしその人たちの話をよく聞くと、人間そっくりの機械は作れないのだから、汎用人工知能も作れないという主張だ。それはある意味では正しい。確かに人間そっくりな機械、例えば映画「ブレードランナー」に登場する、人間そっくりの機械レプリカントを作ることは不可能か極めて困難だ。私はその意見には反対しない。それは鳥をそっくり再現することは極めて困難だという話と同じだ。

しかし空を飛ぶのに鳥そっくりの機械を作る必要がないのと同様に、人間のように考えるのに人間そっくりの機械を作る必要はないというのが、私の主張である。飛行の先駆者たちは確かに鳥の飛行を研究したが、そのなかから揚力の機構を見出したのが成功の原因である。揚力は固定翼に、推進力はプロペラにと役割を分担させた。揚力の基礎理論はクッタ・ジューコフスキーの定理と呼ばれる。その定理はライト兄弟の初飛行と前後する1902年から1906年にかけて完成した。

私の主張の要点は、飛行における揚力理論であるクッタ・ジューコフスキーの定理に相当する思考の理論を発見すれば良いというものだ。その近道は脳の大脳新皮質で働いている基本的なアルゴリズムの発見である。アルゴリズムとは計算手順のことだ。大脳新皮質で働いているアルゴリズムをマスターアルゴリズムと呼ぶことにする。マスターアルゴリズムを発見することが重要だ。

もっとも思考のアルゴリズムは人間の大脳新皮質で働いているものに限定する必要はないかもしれない。空を飛ぶことの例で言えば、空を飛ぶのに鳥の真似をするのではなく、気球とかロケットとか、全く別の原理で飛行する機械もあるのと同じことだ。それと同様に、人間の思考様式とは完全に別な原理で働く思考機械があってもよい。しかし我々の知る限り、現状で汎用人工知能として働いているのは人間の大脳だけなのだから、当面はそれを真似るのが近道だと思う。

鳥の羽も単に飛行のためだけにあるのではない。保温する目的もあるだろう。鳥の羽はいろんな役割を兼ね備えている。それと同様に、脳は単に考えるためだけにあるのではない。恐怖とか喜びといった感情を感じるのも脳である。私は、当面は感情のような要素はさておいて、脳を純粋に思考するための機械と考えたい。そのための基本原理を発見したいと思っている。

空を飛ぶために鳥を研究したように、思考機械を作るのに大脳を研究することは意味がある。しかし出来上がった飛行機は鳥そっくりではない。それでも鳥よりはるかに高性能である。それと同様に汎用人工知能を作るのに大脳新皮質で働くマスターアルゴリズムを研究する必要がある。しかし人間そっくりなものを作る必要はない。次回はそのマスターアルゴリズムの姿が見えてきたという話をする。 

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マッドサイエンティストの超知能ノート Mon, 29 Mar 2021 08:48:00 +0900
超知能の作り方と超人類への道1 https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1855-note2.html https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1855-note2.html

シンギュラリティとはなにか。いろんな定義がある。私は、未来のある時点で人工知能の知的能力が人間をはるかに凌駕して、それによって科学が飛躍的に発展して、人類社会が大きく変動するときと定義したい。アメリカの未来学者レイ・カーツワイルはシンギュラリティ概念をさかんに宣伝しているが、彼によればその時点は2045年頃であるという。

18世紀から19世紀にかけて英国で産業革命が起きて、蒸気機関が発明された。これは人間とか牛や馬などの筋肉労働にとって代わるもので、人間や動物をはるかに凌ぐ力を持っていた。そのため社会は大きく変化した。それと同様に超知能と私が呼ぶ人工知能が発明されるとすれば、人間の知的能力をはるかに凌ぐ力を持つであろう。それは人間の頭脳労働を置き換えるもので、社会は大きく変化するであろう。つまりシンギュラリティは産業革命に次ぐ、次の新しい革命なのだ。私の想像ではシンギュラリティは産業革命をはるかに凌ぐ影響力を持ち、人類を新たな進化段階である超人類への道を開くものであると想像している。

カーツワイルによれば人工知能が人間一人分の知的能力を追い越す時期は2029年、全人類の知的能力を追い越す時期は2045年としている。2029年とすればあと9年でもうすぐだ。もっとも人工知能は特定の分野においてすでに人間をはるかに凌駕している。その一番良い例がアルファ碁である。英国のディープ•マインド社が開発した人工知能のアルファ碁は2016年3月に韓国のイ・セドル九段に4勝1敗で勝利した。また2017年には中国の柯潔(かけつ)九段に3勝0敗で勝利した。さらに2017年末に発表されたアルファゼロは囲碁だけでなく、将棋とチェスにおいても、すでに人間のトッププロを凌駕する能力を獲得した。つまりアルファゼロに対しては、これらのゲームでは人類の知的能力は歯が立たないのである。

人工知能のその他の進歩としては、IBMの人工知能ワトソンは2011年にジェパディというゲームで人間のチャンピオンを破っている。アルファ碁を開発したディープマインド社は、アルファ碁の次に、アルファ・スターという人工知能を開発して、2019年にスター・クラフト2というゲームで人間のチャンピオンを破った。

このように特定の分野では、人工知能は人間の知的能力をはるかに上回っているが、それはあくまで特定分野である。このような特定目的の人工知能を特化型人工知能と呼ぶ。次の問題は人間の知的能力一般を超えるような汎用人工知能ができるかどうかだ。汎用人工知能(Artificial General Intelligence=AGI)とは、人間のようにいろんな知的作業をそれなりにこなすことができる人工知能である。汎用人工知能ができると、多くのサラリーマンが従事している事務的仕事が機械に代替されて社会は大きく変動するであろう。専門家などの高度な知的労働者も仕事を失うかもしれない。産業革命の時に肉体労働者に起きたことが、シンギュラリティでは知的労働者に起きるのだ。

汎用人工知能ができたとして、シンギュラリティはどのように起きるか。どのような姿で現れるか。自立して意識を持った人工知能としての超知能が誕生するのか。そのような超知能はアメリカ映画「ターミネーター」や「マトリックス」のように人類を滅ぼしたり、支配したりするのであろうか。私はそのような考えをハリウッド的世界観と呼んでいる。

しかしその危惧はハリウッドだけのものではない。例えば英国のオックスフォード大学の哲学者であるニック・ボストロムは著書「スーパーインテリジェンス 超絶AI と人類の命運」でそのような問題をまじめに論じている。

ニック・ボストロムの説をまじめに捉えて人工知能の脅威を心配している著名人にアメリカの起業家のイーロン・マスクがいる。イーロン・マスクは電気自動車のテスラ社のCEOであり、人類の火星移住をめざすスペースX社のCEOなども務めている恐るべきイノベーション力を備えた人物だ。彼の総資産は14兆円といわれている。極めて影響力のある人物だ。そのイーロン・マスクは人工知能が人類を支配するのを防ぐために二つの策を立てた。オープンAIとニューラリンク社である。

まずオープンAIについて述べる。イーロン・マスクは人工知能の研究は秘密ではなく公開でなければならないとした。政府のどこかの秘密研究所で密かに戦争や人類支配のための人工知能が研究されるのは危険だからだ。実際、核兵器や生物兵器などはそのような研究所で開発された。

イーロン・マスクは2016年にオープンAIという組織を立ち上げて、超一流の研究者を高給で招聘した。そうして2019年に発表された人工知能にGPT-2がある。GPT-2になにか文章を与えると、それ以降の文章を勝手に作ってしまう。できた文章は人間が書いた文章とほぼ区別がつかない。この人工知能が悪用されると嘘のニュースつまりフェイク・ニュースがいくらでも簡単に作れてしまう。極めて危険である。そこでオープンAIはGPT-2のソースコードを非公開にした。オープンAIがクローズドにしたものだから、大きな話題になった。さらに皮肉なことに、もともと非営利団体として設置されたオープンAIは2019年にマイクロソフトから千億円の資金調達を受けた。そして2020年にはGPT-2の後継であるGPT-3の技術をマイクロソフトに独占的に供与することを決めたのだ。オープンAIのもとの理想、つまり人工知能研究は非営利的に公開で行うという理想は変質してしまったのだ。そのためかイーロン・マスクは2018年にオープンAIの取締役をやめている。意見が合わなかったからだとされている。ちなみにGPT-3では文章だけでなく作曲もできる。GPT-3にイントロ部分を与えると、あとを作曲してくれる。HTML言語のコードを数行与えると、ウェブページのレイアウトも作ってしまう。恐るべきものだ。人間のやるべき創造的な知的作業がどんどん人工知能にとって代わられているのだ。

イーロン・マスクの次の取り組みは2017年に立ち上げたニューラリンク社である。その目的は人間の脳とコンピュータを直接接続する脳機械インターフェイスのチップを開発することである。

人工知能はコンピュータ上で動作する。人間は人工知能に指令を与えるためには、キーボードやマウス、ディスプレーなどでコンピュータとやり取りする。しかし手が動かないとか、目が見えないとかハンディキャップを負った人は、それが難しい。そこで脳とコンピュータを直接に接続しようというアイデアがでてくる。これを脳機械インターフェイスという。

その方法は大きく分けて二つある。侵襲式と非侵襲式である。侵襲式とは手っ取り早く言えば、頭蓋骨に穴を開けて脳の内部に電線を挿入する方法である。非侵襲的手法は、頭蓋骨に穴を開けるような大胆なことはしない。穴を開けずに脳内の情報を取り出したり、あるいは情報を脳に与えたりする。

非侵襲的法の代表的なものとして脳波を用いる方法がある。非侵襲的手法は、頭蓋骨に穴をあけるなど大胆なことをしないので、たしかに安全であるのだが、通信速度が遅いという欠陥がある。それでも脳波ではなく、赤外線をもちいるとかいろんな手法が研究されている。それでも侵襲的な手法に比べれば、通信速度の点では劣るのは仕方がないだろう。

ニューラリンク社は2019年7月に第一回目の発表を行い、そのようなチップができたこと、そのチップを安全に脳の大脳新皮質に移植するための手術ロボットを発表した。そして実際にネズミで実験を行なった。さらに2020年8月には第2回目の発表を行い、豚の脳にチップを埋め込んで、豚が今何を考えているかを情報として取り出すことに成功した。ニューラリンク社の本来の目的は人間の脳にチップを埋め込むことである。その実験をするために米国の食品医薬品局(FDA)の承認を得たと発表した。イーロン・マスクによれば、頭蓋骨に穴を開けてチップを脳の表面に埋め込む手術は、近視治療の手術であるレーシック手術と同様に、入院の必要がない日帰り程度の手術だという。

私はニューラリンク社が開発する脳機械インターフェイスのようなものが、超人類への鍵であると思っている。つまり人間とコンピュータ上の超知能を直接結合して、人間の知能を増強して超人類にするのだ。

シンギュラリティは産業革命につぐ、人類史における大きな革命となるであろう。それにより人類は進化の新しい段階に踏み出す。超人類への道である。人間よりも圧倒的に知的能力の高い人工知能である超知能と、脳機械インターフェイスを経由して、人間の脳とを直接結びつけて、人間の知能を圧倒的に強化することを考えている。そのようなサイボーグ人間こそが超人類への第一歩であろうと思う。次回からはそのような超知能の作り方の話をする。 

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マッドサイエンティストの超知能ノート Sun, 28 Mar 2021 08:43:39 +0900
超知能徒然草 https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1316-note1.html https://jein.jp/jifs/blog-matsuda/superintelligence/1316-note1.html

2029年には人ひとり分の能力を持つ汎用人工知能ができると言われている。そして2045年にはコンピュータの知的能力が全人類のそれを超えるような超知能ができるとされている。その出来事をシンギュラリティとよぶ。

実はハードウェアの面からだけ言えば、2025-2029年に全人類の知的能力に匹敵する能力を持つコンピュータを日本で作り出すことが可能なのである。問題はその上で走るソフトウェア、それをマスターアルゴリズムと呼ぶことにするが、それができるかということである。もしそれが可能なら、シンギュラリティは2045年ではなく2025-2029年にも起きるのである。

私はそのようなマスターアルゴリズムを探求している。この「マッドサイエンティストの超知能ノート」では、超知能作成の理論的基盤を探求する。汎用人工知能に関する論文、ブログ、記事などを紹介するとともに、私自身の考えを述べる。

徒然なるままに心に移りゆく由無し事をそこはかとなく書きつくれば怪しふこそ物狂おしけれ。

これは私自身の備忘録のようなものであるが、志を同じくする人たちに、なんらかの参考になれば幸いである。

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マッドサイエンティストの超知能ノート Sun, 06 Mar 2016 03:24:32 +0900