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コユンババ C. ドメニスコーニ

詳細

この奇妙な名前の曲を知ったのは、日本が誇る美人ギタリスト村治佳織の曲を調べていたときだ。聞いてみると、なんと奇妙な和音だろうと思ったが、後半で非常に速い曲になり、それがとてもよかった。曲名が大きく書かれていないので、詳しくみると

Koyunbaba-Carlo Domenisconi

とある。Wikipediaで調べるとカルロ・ドメニスコーニは現代イタリアの作曲家、ギタリストでトルコを旅して、その印象を曲にしたという。それで奇妙な和音がトルコの民族音楽的なものかと思って納得した。さらに調べると、多数のギタリストがこの曲を演奏していて、1985年の作曲ではあるが、もはやクラッシックのギター曲のひとつの定番となっているようだ。

さらに調べると、これは4楽章からなる組曲で、村治佳織が演奏したのは1楽章ははじめの部分だけで、すぐに2楽章の最後にとび、それから3楽章、4楽章となっている。この4楽章プレストがこの曲の白眉なのだが、3楽章ももの悲しくロマンチックでとてもよい。村治佳織はたぶんアンコールで演奏するために短縮したのではないかと思う。たくさんの演奏者の演奏を聴いた後の感想としては、村治佳織の解釈は非常に素直で標準的であり、好感が持てる。それではその村治佳織の演奏をどうぞ。

村治佳織 1,2楽章の一部と3,4楽章

 

作曲家Carlo Domenisconi本人による4楽章プレスト

この曲は全曲を演奏すると14分くらいになる。演奏時間をみると、曲が全部かどうかが分かる。全楽章を演奏しても、繰り返しを飛ばしているものも多い。確かにこの曲はなれないと長いと感じるだろう。でも聴き込むと、長いとは思わない。全楽章がそれぞれの味わいがある。

それではしばらくは4楽章に焦点を当ててみよう。クラシック音楽では、演奏者により解釈が様々である。作曲家が亡くなっていれば、本来はどのような意図で作曲したか分からないので、どうとでも解釈できる。ところがこの曲は作曲家が現存で、かつギタリストであるので、「作曲家の意図はこれだ」というものが分かるのだ。さらにおもしろいことは、作曲家の演奏が他の演奏者の解釈とはかなり異質なのだ。音楽作品は一度作曲されると、作曲家の手を離れてしまうようである。

次にその作曲家ドメニスコーニ自身の演奏をどうぞ。その後で、他の演奏者の演奏と比較してみるのはおもしろい。変な話だが、作曲家自身の解釈はあまり標準的ではないし、最高ということもない。

 

William Kanengiser 4楽章

次の演奏にはおもしろいコメントがあった。このギタリストは私のガールフレンドのパパなのだそうだ。

 

Aniello Desiderio 4楽章

つぎの演奏はどういうわけか、とても評判がよい。音が少し小さいのでボリュームを上げるのがいいだろう。曲の最後の部分を非常にゆっくりと演奏している。この解釈に関して、後で議論しよう。ただいえることはドメニスコーニ自身は大きく、比較的速く演奏している。

 

Declan Zapala 4楽章

これもとても元気があってよいのだが、途中に休止が入っているのは、すこし違和感がある。惜しいと思う。

 

Julia Trintscuk 1楽章と4楽章

4楽章ばかり紹介したので、次は1楽章も取り上げよう。この1楽章こそが、異国風の奇妙な和音であり、この曲コユンババの特徴といえるだろう。

 

Christina SandsengenのCNNにおける第1楽章

トルコのCNNであるらしい。1楽章は奇妙な和音から入るので、聞き慣れないと奇異に感じるだろう。ここで聞いている人の目が泳いでいるので、分かっていないのだろう。この演奏も悪くないという意味でとても標準的である。

 

Paulo Martelliによる全曲

1楽章と4楽章を取り上げてきたが、私はロマンチックな第3楽章が好きだ。全曲を演奏したビデオもたくさん存在するが、私はこのPaulo Martelliによるものが一番よいと思う。3楽章の解釈も人によりいろいろあるがクライマックスの8:50あたり、演奏家が感極まって首を振るシーンが気に入っている。そのつもりで村治佳織のものも聞き直していただきたい。やはり少し首を振っている。

 

Ekaterina Pushkarenko 全曲

つぎはロシア人とおぼしき美人ギタリストの演奏である。この演奏に対するコメントを読むと、賛否両論がある。よいという人もいれば、何でこんなのをアップしたのだとか、作曲家に対する冒涜だとか、最後の終わり方がよくないとか、何で飛ばしたのだとか。何でそこまで言われなければならないのか。私は全く悪いとは思わない。多くの演奏家が繰り返しを省略したりして、時間を短縮している。私はこの演奏はむしろとてもよいと評価している。なんと言っても美人である。

 

John Willams 全曲

現代のギタリストでJohn Willamsはたぶん、もっとも尊敬されているのではないだろうか。彼の演奏に対する文句は読んだことがない。この演奏も、非常にほめられている。まさにこれがもっとも標準的な解釈であろう。演奏者の顔が見えないのが多少物足りない。

 

Milos Karadaglic 全曲

これもなかなか良い。だいたいビデオカメラマンが本腰を入れているものは本格的である。ただし演奏時間が11:17と短いので、かなりはしょつている。4楽章の最後近くで、演奏者は一瞬休止符を入れたのだが、演奏が終わったと思った聴衆が拍手した。それで本当の最後の部分での聴衆の拍手は初めはおずおずしたものであったのは面白い。初めて聞く曲なのであろう。

 

Pirai Vaca 全曲

このボリビアのギタリストもメリハリがあって、想いが込められていて、とてもよい。

 

Kelokichinosuke全曲

この日本人による演奏は楽章の分かれ目をはっきりと示しているのでためになる。

 

 

 

DTMによる演奏

次のものはDTMによる演奏で、全く味気ないが、楽譜が出てくるので、曲の構造がわかりやすく参考になる。やっぱり人間の演奏者にはコンピュータはまだまだかなわない。

   
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