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加古隆

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いままで世界音楽散歩と題して、主として西洋の歌、歌手、作曲家を取り上げてきた。そのなかで日本人作曲家として川井憲次を取り上げた。これからは日本の歌、歌手、作曲家を取り上げるので、題を日本音楽散歩とすることにした。西欧の曲、歌手を取り上げるときは、やはり世界音楽散歩と題する。

さて日本音楽散歩の第1回は作曲家の加古隆である。といっても、この名前でピンと来る人はよほど、ものの分かった通である。実は自分も、古くから知っていたわけではない。しかし加古の代表作である「パリは燃えているか」はだれでも知っているであろう。といっても、やはりこの曲名で知っている人も通である。多分、ヒトラーを主題とした映画かなんかと思うであろう。確かにこの台詞は、ドイツ軍がパリを撤退するときに、パリを燃やすように命じたヒトラーの台詞である。

しかし、この曲を聴いてみればほとんど誰でも知っているであろう。1995年に放映されたNHKスペシャル「映像の世紀」の音楽である。私は毎回、この番組を見た。その重厚な、暗いメロディーは私の心にしっかりと染みついた。20世紀というのは、なんと悲しい世紀であろうかというのが私の印象であった。当時は、この曲の作曲家の名前までは知らなかった。加古はこの曲で映像音楽の第一人者としての地位を確立したという。NHKには作曲者に関する問い合わせが殺到した。

「パリは燃えているか」はピアノ曲としてもよく弾かれている。たとえば

加古の横顔の写真を見れば分かるように、いつも帽子をかぶっている。帽子が加古のトレードマークである。

 

今この曲を聴き直しても、涙が出てくる。この曲は、私の父への思いとともにあるのだ。私の父はマリアナ沖海戦で帰らぬ人となった。母のその後の苦労を察して、とりわけ感慨が深いのである。母は父の分を生きて、92歳で亡くなった。最近、母の荷物を整理していて、父が戦地から母に送った葉書を発見して、その中の私を思う言葉を読み涙したものだ。母はこんなに年をとっても、父のことを忘れられなかったのだ。

父が母と私に当てた葉書の数枚を公開したい。


大阪市大淀区天神橋筋九町め二一 松田卓也様
佐世保局気付イ一九イ一〇九 松田鉄雄

拝啓これは二伸の口だ お前には卓也が居るから卓也の分の心算りだ 家の方の俺の品物の整理よくやって置く様に 本にしみが付かんかナと時々心配に成る まずあの本だけは、手をととげてやってくれよ 卓也はもう歩く様に成っただろうネ 悪戯だろう元気かな。色々な事も書きたいが遅いから止める 要はこうしたら、ああしたら俺チンの心配しそうな事は考て整理して置け、移宅は?片付けるものは早いがよい


大阪市大淀区天神橋筋九町め二一 松田昌子様
佐世保局気付イ一九ウ三二八ウ三二九 松田鉄雄

拝啓長らくご無沙汰した。皆元気之事と思ふ 其の後卓也も元気で居る事と思ふ もう誕生だネ(注、昭和一九年三月頃の手紙か)。元気な子供でしたから、近頃は増々お前を困らして居る事と思ふ。なんとなく微笑ましく、目に浮かんで来る。俺の後を継ぐ只一人の人間俺はあいつが背負い切れない程の期待をかけて居る。何分共頼むよ 俺は増々元気一杯だ。両親の扶養は俺に替わって何分頼む お前の健闘を祈って止まない

(注 マリアナ海戦は1944年、昭和19年6月19日から20日にかけてのことであるから、父は上記の手紙の約3ヶ月後に戦死したことになる)


大阪市大淀区天神橋筋九町め二一 松田昌子様
呉局気付イ一〇九 松田鉄雄

どうだ。元気で忙しく毎日を送って居る事と思ふ 卓也の事で一日一杯一杯の生活を送って居る事と思ふが如何なる時も生活に余裕を持たねば偽だ と言っても近頃の俺は毎日毎日が一杯一杯だよ でも元気だ 水がないのが唯一苦手よ。何分両親への孝養と卓也の育養を頼むぜ 死は俺らの生活には何時でも目前にある 如何なる事があるも覚悟だけは出来て居る。お前も何時もその気かまえだけは出来て得ると思ふ では元気で


この葉書を最後として、父は帰らぬ人となった。まだ20歳代の半ばであった。文面から見て、死の予感があったのだろう。ここで言う両親とは母の両親である。父は福島県の相馬から大阪にやってきて学校に入り、その後、阪急電車の社員となった。父は下宿屋の娘であった母と結婚したのである。母の思い出話によれば、当時24歳の母は乳飲み子の私を抱いて、父が乗った軍艦の最後の寄港地であったと思われる鹿児島まで面会に行ったという。戦時中の昭和19年のことだから、大阪から鹿児島までの汽車旅行はとてつもなく大変なものであったと想像する。

マリアナ沖海戦で米艦の対空砲火に打ち落とされる日本軍機。マリアナの七面鳥狩りといわれた。

 

   
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