2017年12月17日

「We love ふくしま プロジェクト」2014 レポート 4

「TEAM 若者力」活動レポート
~福島県支援活動を介した実践的な放射線高等教育の試み~

京都大学環境安全保健機構・放射性同位元素総合センター 助教 角山雄一

東京電力福島第一原子力発電所の事故直後、全国の多くの市民が不安や混乱に見舞われた。当時は(あるいはもしかしたら現在も)、市民の大半が放射線についての科学的知識をほとんど持ち合わせていない状況であり、その背景には30年以上もの長い期間にわたる学校での放射線科学教育の不在がある。この市民の中には、小中学校や高等学校の教諭らも含まれている。
このような事態を受け、現在我国では急速に放射線教育の拡充が図られつつある。また、2012年度には文部科学省学習指導要領が改訂され、中学校と高等学校では理科分野で、小学校では総合教育の場で放射線を取りあげることが可能となった。このことも、現在放射線教育を推進する理由となっている。尚、学習指導要領改訂の経緯は東日本大震災や原発事故とは無関係である。しかしながら、実際の教育現場では課題が山積している。目下最大の問題は、人材不足、である。現状として学校では、放射線についての科学的な知識を適切に解説できる人員が圧倒的に不足している。その結果、各学校からの依頼により放射線基礎知識についての出前授業を行ったり、学校教員や保護者向けのセミナーの講師を務めたりなど、放射線についての専門知識を有する大学教員などの専門家が学校教育現場などに赴く機会が震災後急激に増加した。大学人や研究者が社会の要請に応えるのは当然であるが、私を含めて大多数の専門家は、研究室などに隠って地道な作業に没頭しているのが本来の姿であって、残念ながら小中高の児童や生徒の前で話をする技術や経験には乏しい。したがって、その活動にも自ずと限界がある。
このような問題を解決するための具体的な方策として、例えば昨年度来、文科省は(正確には文部科学省委託事業)、幼稚園・小学校・中学校・高等学校・特別支援学校・都道府県及び市区町村教育委員会及び理科を中心とする教育研究会の教職員を対象とした「正しく理解する放射線教職員セミナー」を全国各地で開催してきた。まずは、放射線の基礎中の基礎だけでも学校教諭たちに知ってもらおうという取り組みである。しかしながら、関係各所が地道な努力を続けてはいるものの、恒常的な人材育成プログラムのようなものではない。急に放射線について理科で取りあげよ、となって困ってしまった現場教諭たちをなんとか助けよう、という応急措置的な側面が強い。
このような理科教諭の養成セミナーはもちろん重要な取り組みであるが、将来的に放射線教育に自信をもって臨めるような人材、すなわち放射線教育を担う次世代の若者、を育成するプログラムも欠かせないのではないだろうか。

と、だいぶ前置きが長くなってしまったが、このような理想に向けて「まずはその一歩を…。」という個人的な切なる願いを、今回の活動で実現させていただける運びとなった。この夏の坂東、宇野、鳥居(敬称略)それに私の4名で実施する福島支援活動に、是非とも未来ある若者たちを同行させよう!ということになった。

大人たちの行った事柄については他の先生方によるレポートにお任せするとして、ここでは若者たちが今回行ったことについて、以下今後の課題を含めて報告する。

1)同行学生の募集

7月初旬、まずは参加者の募集と選定から始めることになった。幸いなことに、NPO法人「知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん」には科学教育に対して意欲溢れる若者が多数集結している。坂東さんの方から彼らに声をかけていただいたところ、京都大学理学部の学生1名(間浦君)と修士課程院生1名(新宅君)の両名が快く参加を表明してくれた。募集期間が1ヶ月足らずで、法人関係者以外への告知が十分でなかった中で、両名が早々に参加を決意してくれたことは本当に有り難いことであった。今後、もしこのような取り組みを行うことが許されるのであれば、告知方法や募集期間等については改善すべきであろう。

2)事前教育

若者たちの参加に際しては、ただの物見遊山の気分では困る。あらかじめ放射線に関するイロハやリスク概念などについて習熟しているのはもちろんのこと、なによりも福島県の方々や現地の実情と向き合う姿勢が求められた。若者たちには放射線に関する様々な知識と、福島県についてある程度の予備知識を持っておいてもらう必要があった。ところが、まったく幸運なことに、参加した両名は大学あるいは研究室の教育過程において、放射線障害防止法に基づく新規教育訓練(放射線取扱業務従事者になるための講義や実習、健康診断)を既に済ませているとのことであった。放射線に関する物理学・化学・生物学の基礎知識や、放射線が人体に及ぼす影響、放射性物質や放射線の安全取り扱い、関係法令など、様々な分野の基礎知識を彼らは既に学んでくれていたのである。ということで、彼らに不足していたのはより実践的な放射線測定技術と、福島の現状についての知識くらいであった。7月19日午後、京都大学放射性同位元素総合センターに於いて、福島で使用予定の測定機器類について、その使用方法や特性を学んでもらった。また、福島の汚染土壌を用いた実測体験や、以前私が行った福島視察に関する資料の紹介などもあわせて実施した。
今回は、たまたま1回だけの半日講習で事足りたが、もしも募集の幅を広げるのであれば、障害防止法の新規教育訓練に相当する講義や実習を事前に行う手間と十分な日程を考慮する必要がある。また、今回のように帰還困難区域に立ち入るのであれば、健康診断がどこまで要求されるのかなど、法律上あるいは学生個人の安全管理上の事柄についてもう少し丁寧に議論や検討を行うことも大切だろう。

3)子どもサイエンスコーナーのお兄さん、そして福島県民との交流

伊達市に到着した初日午後から、早速若者たちの活躍が始まった。私たちが大人相手に講義をしている傍らで、彼らは10人近い幼児や小学生児童を相手に、スライム作りや不沈子の作成など、おなじみのネタを手際よく次々と披露していた。もともとある程度の経験があったせいか、子供たちを前にした時の彼らの手腕はなかなかのもの。それがさらに、翌日の南相馬、翌々日の郡山、と場数を踏む度にどんどんこなれていく様はまことに見ていて頼もしい限りであった。おかげで、集まってくださった現地のお母様方や保育士の皆さんに対して、子供たちに邪魔されることなく、安心してハンドマッサージやセミナーなどを展開することができた。
さて、彼らに課せられた重要なミッションがもう一つある。それは、可能な限り現地の方々の生の声を聴くこと。ネットやマスコミや図書といった、いわゆる媒体を介してなどでは決して知ることができない福島県被災地の現状を自身の肌で感じること。しかしこのミッションも想像以上に達成されたと思われる。これについては、私たち一行を支えて下さった現地の皆様に、厚く御礼申し上げたい。とくに南相馬市や郡山市では生の声をたくさん伺う事ができた。福島の旨いものをいただくこともできた。若者たちだけでなく、大人たちもいろいろと勉強させていただいた。今回体験したことは、若者たちにとってはもちろんのこと、私にとっても生涯の貴重な財産となるであろう。
後日、郡山にて夕食に同席して下さった品川萬里郡山市長より暑中見舞いを頂戴した。そこには自筆で「チーム郡山を京大で作ってほしい。」旨が記してあった。私には大きな宿題が課せられた形である。

4)帰還困難区域の視察

そもそも今回の福島支援活動は、郡山のお祭り「ちびっこうねめ祭り(うねめ祭りの前夜祭にあたる)」で公開セミナーをやろうということが事の発端であった。そこに伊達市や南相馬市の日程が追加されていった。そのような経緯の中、せっかく若者たちを同行させるのであるから、帰還困難区域の現状も知ってほしいと私は考えた。いくつかの自治体にお願いしたところ、浪江町が快く引き受けてくださった。もちろん学生たちをただ連れて行くわけにはいかないので、私の研究(精密測定のためのサンプリング)の補助ということで立ち入り許可を取得した。一方で、私の手伝いとするはめになった若者たちには「旧DASH村の近くに連れて行ってあげる。」と伝えた。どうやらこの一言は、彼らのモチベーションをアップするための好材料の一つとなったようだ。
当日は、南相馬市沿岸部から国道6号線沿いに浪江町まで南下し、そこから北西の内陸方面へと向かった。途中、E テレで有名になった赤宇木地区の集会所に立ち寄り、さらに旧DASH の閉ざされた門の前に辿り着いた。帰途には、再び6号線までもどり、双葉町を抜け、大熊町で東電第一原発の敷地付近を通過した。浪江町における実測値(HORIBA Radi PA-1100)は、旧DASH村の敷地入り口付近で4~5μSv/h、道中では10Sv/h近いところもあった(京都では0.06~0.09μSv/h)。

5)レポートの提出

帰京後、間浦君と新宅君にはレポートを提出してもらった。彼らが現地でどう感じたのか、あるいは何を学んだのかについては、彼らのレポートをご覧いただきたい。

以上が、今回の若者に関する活動の全てである。
将来を担う若者たちに必要なのは、従来のようなステレオタイプな放射線教育(例えばかつての原発安全神話に安座した形のエネルギー教育など)ではなく、より多角的に社会や科学技術に潜在するリスクを比較考察できる人材の育
成を目的とした学習方法であると信ずる。
こと放射線については、原発事故という大きな社会的教訓を得たのであるから、これを避けて通っていては放射線を「正しく理解する」ことには至らないのではないだろうか。これからの人材には、放射線についての様々な科学知識を身につけていることに加えて、被災地や我国の様々な問題について多角的な視野で議論が行えることが求められている。今回、たった二名だけの少数精鋭の試みではあったが、より実践的な学びの場を提供することができたものと考えている。
最後に、このような機会を提供してくださった坂東会長、宇野先生ならびに関係各位に深く感謝申し上げます。

 

 
郡山市湖南町自然体験保育園「ココカラ」での一コマ   伊達市にて到着早々に頂戴した地元産の美味しい桃
     
 
浪江町旧DASH 村入口の門前に立つ新宅君と間浦君   スクリーニング会場で検査を受ける新宅君
     
走行車内における走行モニタリング結果(HORIBA Radi PA-1100)
全走行距離は三日間で480km