2017年12月15日

2011年第2回(通算第13回)科学交流セミナー

タイトル:「トリウム利用のエネルギー」

講演者:井上 信(いのうえ まこと)京都大学名誉教授

開催期日:2011年2月12日(土) 午後2時~4時30分

場所:京都大学基礎物理学研究所 湯川記念館 パナソニック国際交流ホール

要旨:

加速器併用トリウム原子炉の計画は、京大が兼ねてから進めているもので、NHKの科学番組でも大きく取り上げられました。
このトリウムから核エネルギーを取り出すというのは面白いやり方で、ウランと異なり、危険な廃棄物がでないということで、より安全、かつ核兵器の材料製作が困難であるという利点があります。また燃料がより豊富であることから、エネルギー問題とも関連して、心ある方々の間では、以前から原子炉平和利用に注目されていたものです。
一方低炭素社会への志向が強まっている現在、原子力エネルギーは、再び世界各国で注目され始め、徐々に復活の兆しがあります。このような状況で、トリウム原子炉のように安全、かつ核兵器転用が危惧されるプルトニウムを出さないエネルギーの取り出し方は、大変重要な方向であると思われます。
最近の情勢を含めて、お話しいただけると思います。

講師略歴:

京都大学大学院理学研究科から大阪大学理学部助手、同核物理研究センター助教授を経て、1985年より京都大学化学研究所教授となり、1999年からは同原子炉実験所所長。
2003年に定年退職後、現在は立命館大学SRセンター顧問、福井大学客員教授、文部科学省原子力分野の研究開発に関する委員会委員などを務める。
専門は原子核物理学、加速器物理学で、加速器を用いた原子核の研究とともに核物理研究センターAVFサイクロトロンなど数種の加速器を設計建設してきた。

対象:どなたでもご参加できます(無料)

主催:NPO科学カフェ京都、NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん

備考:

この科学講演会は、基礎物理学研究所とNPO法人知的人材ネットワーク「あいんしゅたいん」の世話人(佐藤文隆・坂東昌子・国友浩)が企画してきた科学交流セミナーの延長として企画されたものです。科学交流のネットワークの輪を広げ、より広い層の方々(市民・大学生・高校生など)も対象として、科学カフェ京都と共催で企画しています。どうかお気軽にお越しください。
NPO科学カフェ京都ホームページ基礎物理学研究所ホームページもご覧ください。

なお、井上信先生のレジュメをご紹介します。

トリウム利用のエネルギー 
2011.2.12.科学カフェ京都 井上 信

ハイテク機器に欠かせないレアアースの輸出を中国が停止したことで、資源確保の安全保障に関心が集まったが、これに関連してレアアースを取り出す鉱石に混じっているトリウムという放射性物質の処分や利用の問題がNHKの報道番組でも取り上げられた。しかしトリウムは厄介な邪魔者ではなく、ウランと並ぶエネルギー源である。
ウランの場合、天然のウランの中には0.7%のウラン235と99.3%のウラン238が含まれる。この内、ウラン235が核分裂する性質を持ち、その反応エネルギーが核兵器や発電に利用される。一方ウラン238はそのままでは核分裂しないが原子炉で発生する中性子を吸収するとプルトニウム239等に変わる。プルトニウム239は核分裂するのでこれを燃料として使える。
一方、トリウムはウランの場合のウラン238と同様な使い方ができる燃料である。天然のトリウムはほとんどトリウム232というものであるが、このトリウム232自体は核分裂しない。しかし、これが中性子を吸収するとやがてウラン233ができる。このウラン233は核分裂するので原子炉燃料として使える。
しかし、核兵器や原子力潜水艦への利用しやすさなどからウラン・プルトニウムの燃料サイクルと軽水炉の実用化が推進され、これが発電用原子炉の主要な方式になった。日本でもプルトニウムに利用が進められており、その象徴が「もんじゅ」であるが、必ずしも国民に受け入れられていない。原子力委員会は現在の原子力大綱を見直す作業を始めようとしている。
かつてアメリカでは様々な原子炉の研究がなされ、初期の開発時代にはウラン235を燃料とするものだけではなく、トリウムの溶融塩を使う原子炉も開発され実際に長時間運転された実績がある。なお、トリウムはウラン238よりかなり軽いためウラン238より重い非常に寿命が長いプルトニウムやアメリシウムなどの放射線物質ができにくい。このためトリムの燃料サイクルは使用済の燃料の放射能の処理処分にとって有利である。またプルトニウム239ができないだけでなく途中のプロセスで兵器としては扱いにくい放射線が出るのでウラン233で兵器を作るのは困難であるなど、核不拡散上も有利である。なお、トリウムはウランと生産地の分布が異なることから資源の安全保障の面でもその技術を確立しておくことが重要であろう。
ウラン・プルトニウムサイクルが先行して技術を確立したためトリウムサイクルはほとんど顧みられなくなったが、例外はインドである。  ウランが少なくトリウムが多いインドでは当面従来のウラン燃料による原子炉を設置するが将来はトリウムサイクルを採用する方針である。将来の燃料のことを念頭において、トリウムサイクルに関してインドと共同研究開発を行うという戦略も構想すべきではないであろうか。実際アメリカそれに協力する動きをしている。
なお、一部の核融合研究者は核融合・核分裂ハイブリッドシステムでトリウムを使うことを提案している。
 一方、原子力利用に当たって解決すべき問題であるにもかかわらず、研究が遅れているものに、使用済燃料の放射能の問題がある。使用済燃料中には長寿命の放射性物質が含まれているためこの管理は大きな問題である。この長寿命の放射性物質を短寿命の物質に変える核変換が検討されている。この核変換のために「もんじゅ」のような高速中性子炉を使う方法と加速器からの粒子ビームを中性子発生用の標的に当て、発生する大強度の中性子ビームを使う方法がある。
この加速器で発生させた中性子を燃料物質あるいは使用済燃料物質に吸収させて核変換をするシステムであれば、原子炉のように燃料を臨界状態にして運転しつつ中性子の発生を持続するシステムと異なり、燃料は未臨界にしておいて外部から中性子を注入するので、臨界暴走のリスクが減る。加速器のスイッチを切れば中性子が来なくなり燃料集合体は未臨界なので核分裂反応は止まるのである。この加速器と未臨界の燃料集合体を組み合わせたシステムを加速器駆動システム(ADS)といい、世界各地で設計研究が始まっている。
さらに、加速器駆動システムの燃料としてトリウムサイクルを採用すれば、安全で核兵器への利用もされにくく、使用済燃料の中に長寿命放射能もない原子炉となるということで、世界で幾つかのグループが提案している。このシステムの実用化のためには多くの技術開発研究が必要であるが、ウラン・プルトニウムサイクルが主流のため、まだ本格的な試験研究用施設は作られていない。
京都大学原子炉実験所では、以前からトリウムサイクルの基礎研究を手がけ、加速器駆動システムも将来の安全な研究用原子炉として構想してきたが、その第一歩として2009年3月に世界ではじめて100MeVの陽子加速器と小型の燃料集合体を組み合わせて加速器駆動未臨界炉の実験的研究が始まった。2010年3月にはトリウムを使う実験も始めた。しかしこれはまだごく初期的な研究段階であり、今後は国の大きな戦略的研究開発構想の中に位置づけて支援していくことが必要となっている。