2017年09月20日

「あいんしゅたいん」でがんばろう 22

Science for the masses

この表題は前回同様にNATURE(2010年5月27日号)のある記事の表題である。世界中、基礎科学の政府補助金fundingはどこもかしこも大揺れである。この記事はアメリカのNSFへの科研費応募に必ずthe masses(専門より広い範囲、大衆とか)へのインパクトを明示しなければならなくなり、ここに応募する一般の基礎科学の研究者を当惑させているという。

アメリカ連邦政府の科学研究費交付のagency(日本流には独立行政法人)には医学生物のNIHとエネルギー・素核のDOEがあるが、文系や情報の科学も含めて他はみなNSFが研究費の資金源だ。また科学教育振興の補助金もここが担当である。年間、7千億円近くも補助している。これに相当する日本のJSPS(日本学術振興会)の年間予算は2010年度2千億円に達したようだ。1994年には824億円であったというから、他の予算が減る中で、ダントツの伸びである。日本にも資金源はJSTなど他にもあり、アメリカでも棲み分けがあるから、金額の比較は難しいが、NSFと性格が近い日本のものといえばJSPSである。以下の話も、大型でもないJSPSの科研費に応募する基礎科学の研究者を襲っている当惑である。

冷戦崩壊までは素粒子物理は「守るに足る国家だと国民が誇りを持つことに意義がある」と喝破して通用した時代が終焉し、また健康保険などの社会保障予算との取り合いが表面化するにつれて、NSFも明確な社会目標の設定が必要になった。そこで、それまでの四つの審査基準を二つにまとめた。まず、固有の科学的価値(intrinsic science merit)と信頼できる執行体制(soundness of the team’s approach)の二つを一つにまとめて知的価値(intellectual merit)にした。また、有用性と効果(utility or relevance)と科学と技術のインフラへの効果(effect on infrastructure of science and engineering)を一つにして幅広いインパクト(broader impacts)とした。1997年のことである。

ところが多くの応募者はこの新基準を無視して第一の価値だけを書いて第二の価値欄の記入をしなかった。第一の価値とは要するにある限られた分野の研究業界の中で先進性があるという基準である。「重点4分野で実用化に寄与」とかうたう大型の研究費ではない。大金でもない自由な基礎科学の科研費は“その分野で優れている”が唯一の基準だと思うのは日本でもそうだと思う。そいう心づもりで長年やってきた基礎科学の研究者に第二の価値を記入しろと言われても、急に何お書いていいか分からない。それで多数の空白が続いたわけだが、NSFは2002年に、この欄が記入されていなければ、応募を受け付けないことにした。

もちろん数学の申請でこの欄に「人類平和のため」とか分けのわからないことを記入してはったりを決め込む御仁もおるかもしれないが、大部分の基礎科学者は真面目に悩んでしまう。broader impactsという漠然とした新概念に具体性を持たせようと、化学会や地学学会は学会として企業団体などに依頼して、自分たちの学問全体の社会的、学問的インパクトの報告書をつくり、各会員の個別の研究テーマが外部につながっていることを記入するマニュアルに役立てたりしているようだ。もう一つはアウトリーチ活動である。しかしこれも一せいにバラバラにやりだすと需給バランスがくずれたり、素人の徒労に終わったり、研究そのもの足かせになる可能性もある。また、審査にあたる上の世代のピアレビューはNSF官僚の政策を理解してないから、まともに対応して落とされたりしてもやばい。ともかく、てんやわんや、というわけ。

たかが科研費申請書の第二の価値欄への記入問題のように見えるが、問題は深刻で複雑であり、大きな転換点に差しかかっているような気がする。