2017年10月19日

「あいんしゅたいん」でがんばろう 19

1月25,26日、柏の宇宙線研究所で「地文台によるサイエンス」という研究会に出席したが、その出席者間で「太陽活動が戻ったみたいだね」という会話が休憩時などに飛び交った。人工衛星や地上からの太陽活動の観測情報が、あるメルマガに登録しておくと、オンタイムで情報が送られてくる。私はもう10年もこのサービスを受けているが、これで太陽をウオッチしている人のあいだでは、ここ2,3年の太陽の異常な振る舞いに息を凝らして見守っていた。「戻った」とは「異常さの拡大はないようだね」という意味である。従来は、太陽活動は超高層、宇宙空間、太陽のサイエンスに興味が限られていたが、近年は人類の未来がかかった気候変動問題に関連しているかも知れないというので、グローバルな政治・経済にも飛び火しそうな微妙な課題になっている。

まず「地文台」という言葉であるが、じつは2000年頃に私が造った言葉であり、国際宇宙ステーションの関係者で生き残って、5年ほど前からこれをキーワードにした研究会がはじまり今回は第四回目であった。「宇宙=スペースから地球を見る」という意味で、宇宙=スペースの観測インフラと発想で地球(サイエンスと環境)的な課題に挑戦するという、宇宙と地球のクロスオーバーを旗印にている。今年のシンポについては ここ を見てください。

次に「太陽活動」とは、これには宇宙線、太陽風、黒点の変動、オーロラ、地磁気や電離層の嵐をおこすフレアなどの高エネルギーの太陽表面での爆発現象をさす。この活動性は約11年周期のサイクルを持つ。しかし例外があり、例えば17世紀には静穏期が異常に長いマウンダ―(黒点)極小期と呼ばれている時期には明確な寒冷化という気候変動を引き起こしている。「温暖化」で気候変動に関心が集まる中、「太陽」と「地球」を結びつけているメカニズムの研究が再興しているのである。

近年の「温暖化」のように政治・経済の大きな問題ならなかったが、サイエンスの世界では「黒点極小期」だけでなく気候変動は何回も話題になっている。1970年代には「核の冬」であり、テレビ番組コスモスで一世を風靡したカール・セーガンが主唱者の一人だった。また19世紀位置天文学の成果である地球の自転軸方向の変動(歳差、章動、など)が観測された進展の勢いで、1920年代に、ミランコビッチという天文学者が長期の気候変動論争に火をつけたこともあった。

太陽の活動は2007年頃に極小になり、その後2年近くも黒点が殆ど無いような極小期が異常に長く続いていたのである。このため、冒頭に記したように関係者が「もしかして長期の極小期?」と息を凝らす事態となっていた。じっさい、太陽活動をオンタイムで通知する宇宙天気情報センター(通信情報研究機構)のメールマガジンの 配信サービス からここ1,2年なんの音沙汰もなかった。太陽活動の激しい時には日に何回もメールが入っていたのが急に何もやってこなくなると、ちょうどこの時期は行政改革で研究所の改編が進んでいたから、この旧郵政省所管の研究所もリストラされてサービスを中止したのかと訝ったこともあった。太陽の変動と人の世の変動がこんがらかった現象であった。

そもそもこの太陽活動の準周期的なふるまいとそれからの逸脱の確固とした説明はまだないのである。私の研究者としてのキャリアーはビッグバンやブラックホールということになっていたが、大学院に入った当初に興味を持っていたのはこういうテーマだった。「宇宙物理への道」(岩波ジュニア新書)に書いたように、原子力にあこがれて「核エネルギー学講座」に入ったら、核融合を目指す原子力だったので、プラズマ物理を勉強した。1960年当時、ロケットが上がって観測が始まった太陽活動がらみのスペース科学と核融合に関係しているプラズマ物理には勢いがあった。またIGY(国際地球観測年)の京都国際会議でアルバイトしたこともあって、自然に太陽の黒点やフレアの勉強をした。当時の研究室の奇妙な偶然性で、私は一人で研究を始めたのである。

黒点周期のバブコックの説というのが当時は真新しい説であり、一生懸命勉強した記憶がある。自転する太陽での電磁流体的な複雑なメカニズムだが、基本的には現在もこの説で、その後に急拡大したコンピュータシミュレーションの格好のテーマである。それこそスパコンの活躍するようなテーマだが、地球シミュレーターのような、太陽シュミレーターが必要になり、とても自然の太陽黒点を再現できるようにはまだなっていない。自分にとっては約半世紀の空白を経て立ち返って見て感じるのは、どうもサイエンスというのは“解ける課題を解いていく”ようで、解けないものは何時までも解けないようだ。その頃に始まった太陽ニュートリノは既にノーベル賞まで出て一巻終っているのに。

長期の極小期に遭遇して現在整備された多様なチャネルで観測できれば、解決の糸口を与えるかも知れない。冒頭の研究会のチャットの時も「戻ったのは残念だったね!」というのがあったが、これはちょうど「大地震があると研究が進む!」みたいな発想でけしからん研究者性分なのだが、サイエンスの駆動力でもある。私は「1950-65年代の大気圏での核爆発実験でのイオン化の増加で雲が多かったか?」という課題をしばらく前から提起しているが、視点を変えると色んな謎がうまれてくる。

地文台のもう一つの継続の話題は雷である。こういう身近な現象はきちんと測定されてこなかった。宇宙観測との連携で日本でも急に面白い事実が明らかになっている。ある時刻に「地球上で雷は何個あるか?」という問いに私は10年前に「千個ある」と言っていたが、どうも「百個ある」あたりが正解のようだが、そんなことも10年前は見当がつかなかったのである。