2017年03月23日

「あいんしゅたいん」でがんばろう 14

「eからO(オー)へ」

飯吉透氏の「科学交流セミナー(第四回)」で「eからO(オー)へ」というフレーズが印象的だった。「オープン」の「オー」で、具体的にはOpen Course Wareという授業改革の話だが、久しぶりに「異物」に接した新鮮さがあると同時に、「抵抗勢力」OBとしては「くたびれる世の中になるんだな!」という思いがした。本ブログ第五回で大学授業時間改革を訴えたときに書いたが、「なぜ大学教員なるか?」のエートスの転換なくしては「くたびれる」だけの気がした。

私の年齢の大学教員OBにとってはもう高みの見物の話だが、IT時代への「まだら期」を経験してきた世代の一人として釈然としないポイントをいくつか書いてみる。

私の経験で最初に出会った「オープン」の難問は学術雑誌のオンライン化であった。1990年代中ごろからAPS先頭に始まった動きに日本の物理系欧文雑誌も対応を迫られ、当時Progress of Theoretical Physics誌の運営を背負っていたので本格的に巻き込まれる。そこから日本のジャーナル問題にひろがって日本版NATURE,SCIENCE立ち上げの挫折に到るまでの約10年ほど、ジャーナル問題では「くたびれる」経験をした。骨身に浸みた「オープン」の不透明さはコスト負担システムに先が見えないことである。

教育・学習・授業に係わる従来のインフラである出版や新聞の業界に1970年代から付き合ってきた人間からみるとIT技術来襲による様変わりは正に「一身にして二生を経る」ほど革命的である(「一身にして二生を経る」とは福沢諭吉が江戸と明治の二つの世を生きたことのフレーズ)。ここでも「オープン」システムでの(生活費を支える)収入と(インセンテイブを生む)利益の不透明さである。多分、過度期の混沌であって、無数の徒労の中にしかその芽はないのかもしれない。確かに軽薄短小のIT技術は無数の「再チャレンジ」と相性がよさそうだが、人間は従来型の不可逆装置だから相性は良くないのである。

先日のセミナーで「知識のgranularity」という概念があることを聞いたが、伝統的出版時代でもこれ対応する様々な試みをやってきたことを気付かされた。字引、専門語辞書、新語辞書、百科事典、全集、など、数多く経験してきたが編集の相談では何時も「小項目か?、大項目か?」を議論していた。

オープン・コース(授業)の話でも一学期分、一時限分、項目分、などの独立性がgranularityなのであろうが、ここでは私の「岩波講座 物理の世界」編集での経験を述べておく。物理学の岩波講座は昭和10年代から始まっているが、第二回目は1950年代で、洋書入手困難さがあるから専門家の他分野の勉強用に大きな需要があった。その性格に合った分冊方式だった。1970年前後の第三回目は、湯川秀樹総編集を売り言葉のようだった。「物理は一つ」のメッセージである。30代はじめの私も「宇宙物理学」の分担執筆をしたが、この巻の相談会に湯川が出て来たのを記憶している。第四回目は1990年前後で、中堅6名の編集委員で「体系」を売りにするために結構長い議論をした。

そして2000年後からの第五回目の全集は私が代表編集委員というかたちで準備した(編集委員は佐藤のほかは甘利俊一、小林俊一、砂山利一、福山秀敏)。ここで「小分け」「切り売り」といった表現で「大体系」の対極の構想を模索した。全体を「入門」「展開」「技法」に括って85冊の分冊方式にした。「展開」には研究の最前線が眺望できる構成を意図した。理論だけでなく実験も、ハイテクや情報・生物も、など、色んな目標をテンコ盛りした感じはあった。しかし執筆者、評価する物理学者、購読者などにはこうした工夫の意図は必ずしも浸透しなかった。「物理は一つ」「体系」派からは辛らつな批評が多かったが、この二つは既存だから欠けているものの補足である。

第四回目の講座の一冊に「宇宙物理」(「学」なしに注意)を執筆したが、「はじめに」に宇宙物理は体系はなく様々な物理の「ごった煮」だと書いたが、同業者からは評判悪かった。学者というものはどうも「小分け」「ごった煮」というgranularityを細かくされることに抵抗する習性があるようである。背後には「・・・に生涯をささげた・・」「・・・一筋の」という「余計なことをしない」美学があるからであろう。「お前は一筋しかないのか!」とは問われることはないが、「あいつは余計なことをしている」という仲間からに批判を気にするのであろう。