2017年10月20日

第97回:「季節と暦」by 保田

この文章は元々、自分のブログで書いたものだ。最初はサイエンスとはまったく関係がない話だと思っていたのだが、文章を書きながら「これはサイエンスに関係している人も興味を持ってくれるのではないか」と思えてきた。それに、この話は、僕より年配の方々にとっては「常識」かもしれないが、若い世代は知らない人も多いのではないだろうか。そう思ったので、あいんしゅたいんのブログとして、再度まとめることにした。

さて、10日ほど前のことになるが、モリサワ文字文化フォーラムと言う講演会を聴講した。モリサワの社長が中学時代の同級生なので、このフォーラムには今まで何度か誘ってもらっている。毎回素晴らしい講師が登壇され、いつも知的な刺激が得られる、たいへん良質の講演会だ。

今回のフォーラムのテーマは「和歌に詠まれた四季」。講師は、冷泉家の第25代当主為人氏のご夫人、冷泉貴美子さんだ。冷泉家は、先日、天皇陛下がわざわざ訪れたことでもわかるように、日本の伝統文化を今も伝える、重要な家系である。

せっかく誘ってもらった講演会だが、正直なところ僕は文芸や歴史に疎いので、今回の講演の内容も理解できるかどうか不安だった。日本の伝統文化を丁寧に解説してくれても、興味が持てるだろうか?そう思いながら臨んだフォーラムだったが、良い意味でまったく予想を裏切られた。冷泉貴美子さんの話は、僕のような門外漢にとっても大変面白く、知的で、1時間半の講演はあっという間だった。

多くの興味深い話が詰め込まれた濃密な講演だったのだが、特に印象に残ったのが、季節についての次のような話だ。

日本の旧暦と西洋から来た新暦(太陽暦)では、暦が約1ヶ月ずれている。例えば、旧暦の1月は、新暦の2月初旬にあたる。今でも正月を2月初め頃に祝う地域があるが、あれは旧暦の正月にあたる。旧暦の季節はとてもシンプルで、1月から3月が春、4月から6月が夏、7月から9月が秋、10月から12月が冬になる。ちなみに、各季節の最終日が「節分」、各季の初日はそれぞれ、立春、立夏、立秋、立冬と呼ばれた。「鬼は外、福は内」の節分は、本来、大晦日に行うから意味があるわけだ。また、立春や立秋がニュースの話題になるのは、教えてもらわないと、いつなのかわからないからだ。旧暦では、季節と日付がマッチしていて大変わかりやすい。

さて、旧暦の1月1日、つまり、春の始まりは、今の2月初め頃になるわけだが、この頃はまだ寒い季節だ。なぜそんな寒い頃を春と呼んでいたのだろうか?実は、今と昔では、季節の捉え方が違うのだ。現代は、季節を暑さや寒さ、つまり気温で計る。しかし、昔の人々は、日の長さで季節を捉えていたのだそうだ。

例えば、春、夜と昼の長さがちょうど同じになる春分は、今の暦だと3月21日頃になるが、これは旧暦だと春のちょうど真ん中に来る。と言うより、春分を中心にした3ヶ月を「春」と決めたのだ。だから、春の始まりは春分の一月半前、今の暦の2月初旬になるわけだ。同様に、もっとも日が長くなる夏至の前後3ヶ月が夏、秋分が秋の真ん中、冬至が冬の真ん中、となる。昔の人は、日が短くなれば冬、日が長くなれば夏、と感じたわけだ。

このような旧暦では、春の最初に咲く花が梅なので、梅が「新春の花」として愛でられた。今でも年賀状に「新春」と書いたり、梅の花を描く風習は残っているが、季節がずれているのでピンと来ないのだ。また、七夕も、本来は約1ヶ月後の今の暦で8月中頃になる。現在の7月7日はまだ梅雨の途中であることが多いので(今年は梅雨明けしたようだが)、七夕の星空を見られるチャンスは少ない。しかし、旧暦の七夕は1ヶ月後であるから、美しい星空を鑑賞するチャンスがより多かったわけだ。今でも東北地方の七夕は8月に行われているが、その方がずっと七夕らしい。

このように、旧暦で考えると、季節や季節に関する言葉・風習の意味が、すっと腑に落ちる。生活が、文化や自然と一体化していた旧暦の方が、今よりずっと合理的で、ある意味、科学的かもしれない。

こういう話を知ると、日本の文化も愛おしく思えてくる。新しい知識と感性を与えてくれた、冷泉貴美子さんとモリサワの社長に、心から感謝したい。

今日は新暦の七夕。もし今夜、星空が観られなかったら、今年は旧暦で七夕を祝うのも良いかもしれない。