2017年05月01日

第85回:「震災の教訓:社会の共有財産となる科学技術情報発信を!」by 保田

東日本大震災で起きた福島第一原発の事故。炉心はどうなっているのか。どれだけの放射性物質がどれくらい、どこに漏れ出したのか。作業者や近隣住民は安全なのか。設備はどのように廃棄するのか。--- 社会は難しい課題に直面し、 国民はもちろん海外まで巻き込む大きな事件となっています。

今回の震災が社会につきつけた問題は原発だけではありません。都心の高層ビルを襲う長周期地震動や、埋立地を破壊する液状化現象、緊急時にも機能する通信インフラなど、様々な問題が溢れ出してきています。一見、完璧に制御され、美しく完成されて見えていた私たちの社会には、実はわかっていないことが多く存在し、思ったより脆い基盤の上に存在しているのだ、と感じ始めた人も多いのではないでしょうか。これはひとつの前進です。しかし、重大な事故が起こってから気づくのでは遅い、とも思います。私たちが今回の震災の教訓を活かし、将来のリスクを少しでも軽減するために、常日頃の科学技術の情報発信に真剣に取り組むべきだ、と思います。

放射線医学総合研究所にJISCARDと言うプロジェクトがあります。これは航空機搭乗者の宇宙放射線被ばくからの防護を目的とした研究ですが、その成果は広く、人体への放射線の影響を評価することにもつながるものです。JISCARDプロジェクトが開始されたのは2005年前後だと思いますが、このプロジェクトは開始時から研究成果のアウトリーチに力をいれ、一般向けの解説記事や動画などをのせるウェブサイトを作り、社会への情報発信を行ってきました。弊社もウェブサイトや動画制作でお手伝いしたのですが、残念ながら今までそんなに話題になることはありませんでした。

しかし、今回の原発の事故で、「放射線被ばくは人体に影響するのか」ということが全ての国民の関心事になり、JISCARDで作成したアウトリーチ用コンテンツも、予想しない形で役に立つことになりました。(例えば、原発事故当初の混乱した状況の時、テレビのニュースは放医研の作った図表を、そのまま使っていました。) 私自身も、JISCARDウェブサイトの制作を通じて、年間世界平均2.4mSVの自然放射線を浴びていることや、胸部CTスキャンで7mSV近くの被ばくがあることを学んでいたので、原発事故の直後に生まれて初めて「シーベルト」と言う言葉を知った人に比べて、マスコミから流れる情報にも落ち着いて対応できたと思います。

この経験で私が確信したのは、科学技術の成果や課題を、常日頃から発信していくことは大変重要で、それこそが、社会の財産ではないか、と言うことです。率直に言うと、3.11前の科学技術アウトリーチは「納税者への義務」でしかなく、それ故、研究者側にはやっかいな作業と言うイメージが強かったと思います。そういうネガティブなアウトリーチではなく、科学技術を社会の財産として国民で共有し、何かあった時にはそれらを最大限に活用して、最善の策を最少の時間で実行する「データベース」として役立ててほしい、と思うのです。

弊社は今年度、科学技術振興機構のサイエンスニュースと言うインターネット配信の科学映像ニュースの制作に参加しています。ジャーナリストでもある編集委員、JSTスタッフと月2回の編集会議を開き、ニュースのテーマを決定しているのですが、テーマ決定で重視されているのは、科学技術の先進性とともに、その成果が社会とどう結びついているか/結びつく可能性があるか、と言うことです。実際、今まで制作したニュースでは、エネルギー政策太陽光発電風力発電研究設備の震災被害などの視聴率が高く、社会に関心あるテーマは一般市民と科学技術をつなぐ役目も果たせると感じています。今後も、長周期地震動、液状化現象、再生医療など、社会に関係の深いテーマを取り上げる予定です。

常日頃の科学技術の情報発信が社会の財産になる。これが正しいとしても、すぐに実現できるわけではありません。研究者、行政機関、一般市民、そして私たちのようなメディア制作者が力をあわせることで、はじめて可能になることです。そういう点で、NPOあいんしゅたいんのがその「糊」の役目を果たすことに期待したいし、メンバーの一人として努力したいと思います。

NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん理事、株式会社ズームス(XOOMS)代表 保田充彦