2017年06月29日

第56回:「研究者の定年」by 今井

私は、この3月に36年近く勤めた京都大学を定年退職しました。36年も同じ職場にいるということは、研究者としては何となくはずかしいことなので、あまりいいたくないのですが、事実だからしかたありません。わたしの場合は大型加速器を使う原子核物理の実験研究ということで、実際の実験研究する場所はつくばや外国だったので、井の中のかわずになるという弊害をすこしは免れたのではと思いますが、、、

定年退職というのは、いうまでもなく組織人としての役割を終えたということです。しかし健康であれば、社会の役にたちたいし、研究あるいは教育にたずさわる喜びを味わいたい、という思いは研究教育にたずさわった方は誰しもと思います。NPO法人“あいんしゅたいん”はまさにこの受け皿になるものだと思います。坂東さんから設立のお話があったときは、退職後の仕事場としても理想的だと思い監事として参加させていただきました。

しかし私は退職後、J-PARCという最先端の加速器施設が建設された東海村の原研に、新しい研究グループを作るという仕事を与えられ、定年なのにと思われるかもしれないのですが、気力を新たにして研究に取り組みはじめたところです。というわけでこちらのほうが忙しくなってしまって、あまり“あいんしゅたいん”の役にたてなくて申し訳なく思っています。

研究教育の世界でも組織人としては定年があるのは当然で、60歳ぐらいが標準としては適当かもしれないと思います。しかし社会的にはそのあとの平均寿命までの20年強のモデルが今後どうなるかが重要です。同年代の仲間に聞くと、定年後はほんとにそれぞれです。定年になってはじめて、研究あるいは教育の分野で、定年退職者が社会に貢献できるうまい仕組みが必要だということをしみじみ感じました。“あいんしゅたいん”がすぐれた先見性をもっていることを改めて感じた次第です。