2017年06月24日

第49回:「こちらでの私最後のブログです」by 山田

非常勤講師の1年目が終わりました。

なかなか思い通りに行かず、反省すること、悩むこと、途方にくれることしきりでした。学ぶ意欲のある学生、授業を聞くことに慣れている学生とは、ある程度心が通じたような気がしましたが、学ぶ意欲の見えない学生を動かすことはできなかったし、あまり器用でない学生にはスキルをつけさせてやることもできませんでした。家庭教師をやっていた頃から薄々気づいてはいたのですが、1対多の授業という場は厳しく現実を突きつけてくるのですね。参りました。

教育というのは本当に面白いです。「どう説明したらわかってもらえるのかな?」と考えることは、「自分はどういう理屈で理解しているのかな?」と考えることに結びついていますし、そこから派生して「この理屈は妥当なのか?」「もっと明解に理解する道筋があるのではないか?」と考えが広がり、深まっていきます。もっと根本的に、「何のために教えるのだろう?」と問うことは「何のために学ぶのだろう?」と問うのと同じことです。そこまで行けば「人間いかに生きるべきか」という問いにいたって、ほろ苦く、味わい深い人間追究がはじまる……なーんて。

実のところ、私にはものごころ付く前からよくわからない不安のようなものがあって、ものごころ付いてからも、自分はなんで生きてるんだろうってしょっちゅう思っていました。それで人間ってなんだろうって考えるようになって、河合隼雄とか、プラトンとか、神話とか、いろんな本(それにたくさんの漫画)を読んで答えを探してきたように思います(最近は井上雄彦の「最後のマンガ展」というのを見て感激しまして、宮本武蔵が主人公だったので今は『五輪書』など読んでいます)。 

でも僕のバックボーンはやっぱり物理学です。高校3年生の夏、古典力学の枠組みが見せてくれた世界像は、ぼんやりした混沌の中にいた自分に希望を与えてくれました。「この世界には人間の約束事ではない自然本来のルールがある」という世界観は、心の拠り所になっているように思います。それに物理は、自分の頭で根本から考える、自分に嘘をつかないようしっかり考える、ということが非常にやりやすいし、他者との共通了解も取りやすい。こんないい学問、他にちょっとないと思います(笑)。

物理の土台の上に立ち、たくさんのいろいろなものに触れて、これからも教育の道を歩んでいきたいと思っています。己の揺るぎ無い芯の強さと、人への暖かい柔軟さを持てるよう、教師として、人間として、成長していきたい。

4月から理科教育の職に就く事になりました。大学で小・中学校の理科の先生を育てる仕事です。これまで自分が考えていたキャリアパスは、あくまで大学の物理教育の世界でした。1年目の非常勤講師経験で可能性とやりがいを実感し、「プロの非常勤」として生きる覚悟ができつつあったところでした。自分自身、子どもの頃はずっと理科が嫌いで、苦手でした。今日にいたるまでに自分が学んできたこと、触れてきたこと、経験してきたことの全てを総動員して、再び理科の世界に挑みます。

関西を離れ、毎月の理事会に参加するのも難しくなってくるため、3月いっぱいで理事会若手参与の立場は辞退させていただくことになりました。これに伴い、こちらのブログに執筆させていただくのも、これが最後となります。物理学から理科教育へというこの私のキャリアパスは、沢山の方々のお力添えをいただき実現されたものです。NPOあいんしゅたいんの活動でたくさんの経験を積ませていただき、いまここに至っています。理工系人材の教育分野へのキャリアパスは、これからも私にとって大きなテーマです。科学教育若手研究会の活動はこれからも続けていきますし、NPOあいんしゅたいんの会員のみなさんとの交流も、もっとできたらと思っています。

最後に、科学教育若手研究会をはじめて間もない頃、当NPOの名誉会長から頂いた言葉を引用しておきます。

頭の中だけで考えて勝手にそうだと思いこまず、ともかく歩きはじめる。
歩いてゆけば何かが降ってくるから、好き嫌い言わずに食べてみる。
現場に出て、人と実際に関わって、なんでもやっていって、はじめて認識が変わり、現実が見えてくる。
ここに今あるものはずっと昔からそうだと思いこみがちだけれど、昔をきちんと見てみたら、確かに変わっているのだから、   これからもきっと変わっていく。

ありがとうございました。