2017年06月26日

第37回:「第74回日本インターフェロン・サイトカイン学会(JSICR)学術集会開催顛末記」by 宇野

第74回日本インターフェロン・サイトカイン学会(JSICR)学術集会を、2009年6月26-27日芝蘭会館で開催した。実質、研究者数人の小さな研究所で、何が出来るかというところだったが、結果的には成功理に終えることが出来たと自画自賛している。今回は、この経験について紹介する。

集会長の特権、やりたい企画をやる!

企画に関しては、京都大学にいる学会幹事に相談したが、大会長がやりたいことをやったらいいと言うことで、幾つかのセッションについてはそれぞれ分担いただいたが、ほとんどのことは、自分にできること、やりたいことは何だろうかと考えつつ自分のペースで決めた。

特に、目玉企画、特別講演をどなたにお願いするか、あれこれと考えていた。ちょうど日本インターフェロン・サイトカイン学会が1年前に、名誉会員を決めていた。その中のどなたに来ていただいても、特別講演として目玉企画にはなる方々であった。実際、内々には一部の方に、お願いしたりしていた。あれこれ考えているうちに、そうだ!、全員にお越しいただければいいのだと、思った。かくして、「サイトカインハンティング:先頭を駆け抜けた日本人研究者達―名誉会員に聴く―」の企画となる。名誉会員に記念品をお渡ししようという学会長の言葉もあり、10名の名誉会員にお願いしたところ、外国出張と重なった谷口唯継、長田重一先生を除き、新井賢一、小島保彦、笠倉新平、川出由巳、岸本忠三、高津聖志、平野俊夫、本庶祐先生(以降敬称略)の豪華メンバーが一同に揃うという事になった。正直、お返事をいただいて企画した本人がおどろいた。送られた案内ポスターをみて、びっくりした友人も多かったらしい。

このメンバーは日本のサイトカインハンティングの先頭をまさに駆け抜けた先生方である。日本の今のバイオの発展の基礎を築いた人達といっても言い過ぎでない。サイトカインハンティングの詳細については、また別の機会に書くことにするが、名誉会員の先生方に若い研究者へのメッセージをお願いしたところ、異口同音に言われたことがある。

(ヒトがなんと言おうと)強い意志を持ってやること。既成概念にとらわれない見方、そしてデータを大切にすること。最後にはヒューマンネットワーク、求めれば、必ず答えてくれる人がいると。

これが研究者の成功の秘訣といっても、言い過ぎではないだろうと、思った。

また、私が担当した癌のセッションでは、「場における癌をみつめて、治療戦略を考える」ということで、常々気になっていた、癌を攻めるには周辺環境を知りそれを制する戦略をもっと考えなければいけない、との思いを議論したいと、癌周辺の微小環境について研究している方々に講演をお願いした。その頃発行された本を読んで是非この方の講演を聞きたいと思ったかたを呼ぶこととした。全く面識の無い方に、メイルアドレスを調べ直接お願いした。全員、快諾いただいたのには、感激した。集会長という肩書きのメリットを感じたしだいである。

という調子で、集会長という肩書きを十分使い切り、私自身も十分学会を楽しんだ。ともかく、基礎の学会なので謝金は出せないとお断りして、アメリカからの方も含め旅費のみで蒼々たる方々にお越し頂き、お話を伺うことができた。企画のなかにも、多少とも私らしさをだせたのではと思う。

 ネットワークの活用

研究者数人の小さな研究所で、どこまで出来るかというところだったが、逆に言えば、ほとんどマンパワーのないところだったので、協力も得やすかったと言うことだろうか。特に同じインターフェロン仲間の京大ウイルス研や抄読会を一緒にしている、京都教育大の院生が手伝ってくれたのはありがたかった。これは逆に若い人が全面にでて、活躍しているという印象を与えることが出来たようである。

マンパワーがないということで、幾つかの企画会社にあたってはみたが、出てきた見積もりをみて、やはり全面的には頼めないと思った。結果として、芝蘭会館専属の「コスギ」さんに頼むこととなる。展示などを幅広く企画していると言うことで、常務の前田さんのアドバイスは非常に有効であった。必要な所には投資(前日の準備に会館を何時間借りるかなど)、必要でないところはカットする(名札印刷や受付案内)という事が出来たと思っている。ポスターのデザインも着物の熨斗目という典型的なデザインとサイトカインを産生する細胞を組み込むという私のイメージを聞いてくれて、デザイナーの方はすてきなデザインを作ってくれた。これをポスター、抄録集と色々なところで使う事が出来た。このデザイン一つで、京都、女性、インターフェロン・サイトカインというメッセージが伝わったようで、非常に評判がよかった。要所要所で専門家の力を借りる、これまた重要と思った。

あと、常々のネットワークも重要と思った。名誉会員にすてきな記念品を考えるように学会長から言われた。さて、何にするか、どこに頼むか? 何しろ、名だたる各賞を受けられている先生方である。当研究所の所長に聞くと、かさの高い物は困るとのこと(時計はつぶれたら役立たない、盾などはじゃまになる)。やはりメダルにしようかと思ったのだが、インターネットで見ていても、予算の範囲内で作られるものはお仕着せのデザインに、名前を入れるのが関の山である。結局行きつけの宝石屋さんにお願いした。名誉なことと、私のイメージ図からデザインを起こしてくれた。銀で作れば何とか予算の範囲でできるとのこと、幸いちかくだったので何回も通って、素敵なものが出来る目処がたった。せっかくデザインしたのだからと、そのミニチュア版の携帯ストラップもお願いして、招待演者にお渡しすることとした。結果としてこれも気に入ってくださった方が多くいて、学会などでお会いすると携帯につけているよと見せてくださった。こちらとしては、謝礼代わりのささやかな記念品であったが、割と評判がよかったようである。

その他、名札もファイルメーカーで打ち出せるプログラムを作ってもらった。これで、名札印刷のかなりの金額も節約できた。女性研究者交流会は京大支援センターで軽食のケータリング、懇親会後の2次会は、京大生命研の一角でワインを用意してもらって、と言う調子であまり費用をかけずに多少きめ細かな、企画をすることができた。これも日頃のネットワークのおかげである。

プログラムも研究所のメイルに専用アドレスを設定して、抄録の受付をした。それでも確認のため、プログラムのメールを送ったら、僕のが入っていない、と言われたりして、あわてたりもした。抄録作成の過程は、胃が痛くなるような作業でもあったし、何度も確認したはずなのにポスターにも、抄録にもミスがやはりあった。数名の目でみることの必要性を感じた、但しそれぞれが無責任にならない範囲で。

ということで、学会を主催してみて色々と学んだ。企画は自分のやりたいことをやる、それが、その学術集会の個性につながる(参加者200人規模の小さな学会だから出来たことでもあるが。)ネットワークを使い切るということであろうか。それが結果として良い結果に繋がると思った。