2024年04月25日

第35回:「猫と語る -その3 ファインマンの巻」by 青山

相変わらず寝不足である.

その理由は色々あるが,ドロちゃん(居候の♀猫)がよく,夜中に私を起こす(第32回参照)のが一番効いているかと思う.いっそ,今夜はこちらがドロちゃんを起こしてやろうか...

私「ドロちゃん,ドロちゃん」
ドロ「グーグー,ゴロゴロ,グーニャオグー」
私「あはは,わざとらしい変な寝言!起きてるのバレバレだよ.」
ドロ「むにゃむにゃ...あれ?いままで,大学の中庭で鳩を追いかけて飛び回っていたら,横の講義室から『猫が空中で向きを変えることと,全角運動量の保存則との関係は...』なんてアッキーの『力学続論』講義の声が聞こえてきたと思ったんだけど,あれは夢だったのかなぁ?」
私「それは現実にあったことかも知れないね.ドロちゃんが僕の所に来てから,もう10年以上も経ったから,昔のことだろうけど.そうそう,昔話と言えばこの写真を見てくれないかな.」

そう言って,私はある写真を取り出した.

ドロ「なに,この変な模様の車,それに横のおじさんは誰?」
私「これぞ,かの名だたるファインマンさんと彼のバンだよ.模様は人ぞ知るファインマン・グラフさ.これは僕が1979年12月1日,つまりちょうど30年前の今日に撮った写真だ.」
ドロ「ふ~~~~ん,有名な人なんだ.でも知らない.何した人?」
私「彼の業績は....それより,彼を象徴する逸話を紹介した方がドロちゃんには面白いかな...その頃,僕はCaltechでファインマンさんが教授をしていた素粒子論グループの大学院生だった.この日はCaltechから小1時間のところにあるカリフォルニア大学Irvine校で国際会議があって,ファインマンさんはこのバンに院生を何人も乗せて,連れてってくれたんだ.」
ドロ「へえ,教授が運転手役?」
私「うん,彼は気取らない性格でね.僕にはよいお手本だよ.そうそう,会議で,彼は僕の横に座って他の人の講演を聴いていたときに,突然,『今,何桁まで合ってるって言った?』と僕に聞いたんだ.彼が作った量子電磁気学の実験的検証の講演で,僕は漠然と聞いていたから,答えられずにドギマギしてしまったよ.今から思うに,彼はイタズラ好きな人だったから,あれは僕を試したんじゃないかとも思うよ.」
ドロ「あはは,面白いね!」
私「うん.いつか院生に仕掛けて見たい技だな.」
ドロ「でも,これを読んだ人にはネタバレしてるよ.(笑)」

私「こんなのもある.彼は大学院の『一般相対論』の初回講義で,『今日は最初だから,諸君がどれだけを知っていて,どれだけを知らないかをチェックしたい』と言って,黒板に色々な式を次々に書きなぐっていった.で,矢継ぎ早に『この式は知ってる?ではこれは?』と院生に手を挙げさせていった.ほどんどは知っている式だったから僕は順調に手を挙げていたけど,気づいたら僕が見ている式と違うところにある式を彼は指し示しているんだ.それで,彼が言うには『へえ~.この式はいまデタラメに思いついたんだけど,君は知ってるんだ~』.もちろん,そのときに手を挙げてたのは僕だけ!(泣)」
ドロ「アッキー,どじったね.」
私「うん,ファインマンさんは見事に,式を書く手と式を指し示している手を使い分けて,僕を引っ掛けたというわけさ.」
ドロ「それでアッキーはどうしたの?」
私「当時僕は日本からやってきたばかりで,英語もおぼつかない若者.Caltechという晴れ舞台で負けて京大にすごすごとは戻れない.ここで踏ん張って自分のキャリアを進めなければと,何もかもに必死になっていた.....って言うと,ドロちゃんにも想像つくかな?」
ドロ「分かった.アッキー,泣いたでしょ.」
私「す,するどい!あ~~~,思い出しても赤面,赤面.僕はそれが彼のイタズラとはすぐに気づかなかったので,ファインマンさんの研究室に行って,大真面目に僕の勘違いだと説明したんだけど,そのときは..ううっ..」
ドロ「うふふ!夜中に私を起こしたと思ったら,トラウマ復活!笑える~.」
私「あーーー,ドロちゃんに笑ってもらったら,何かほっとしたよ.Caltechに居た3年間,ファインマンさんには色々と学ぶところが多かったな.いい人だった.彼に影響されて,仲間の院生に「ヒデアキの英語はファインマン訛りだ!」なんて言われたこともあるよ.僕の血液型は彼と同じO型なので,彼の癌の手術のときに,UCLA病院まで献血にも行ったよ.少しは恩返しになったかな~.」
ドロ「よかったじゃない.アッキー,話したいことが沢山ありそうだけど,ドロはまた眠たくなってきたわ.アッキー,おやすみ.グーグーグー」

とドロちゃんはすぐに寝てしまった.私もまた眠ろうと思ったが,さて困ったことを思い出した.このままでは明日朝起きても,猫語モードのままかも知れない.ドロちゃん,例の前足こめかみマジック(第32回参照)やって,僕を人語モードに戻してくれないと困る.助けてーーーー!