2017年10月19日

第19回:「聴読法の勧め」by 松田

ブドウ膜炎という眼病を患い、視力が低下したので、読書の助けとなる方法を検討した。その結果、英文を目で見て、同時に耳で聞いて、速読する方法を開発した。この手法を私は聴読法とよんでいる。日本語読み上げソフトは現状では、私の要求には適合しない。

ブドウ膜炎

私は昨年の暮れにブドウ膜炎という眼病を患った。年末に眼科の急病診療所を訪れ、また年始の1月2日と4日には、府立医大の眼科救急を訪れた。ブドウ膜炎とは、眼球を包んでいるブドウ膜に炎症が起きる疾患である。症状としては、眼球の中に色々なものが浮いて視力が低下する、涙が出る、痛みを伴うなどがある。原因はさまざまであるが、自己免疫疾患であるとされている。私は長年、潰瘍性大腸炎という、これも自己免疫疾患ではないかとされる難病を患ってきた。眼科の先生は、原因は多分それだろうとして、それ以上原因を追及せず、治療のみに当たった。治療と言っても、ステロイドの内服と点滴である。それは現在も続いている。物理学の見地から見て、診断で興味深いことは、網膜の断層写真を撮る装置である。オプティカル・コヒーレンス・トモグラフィーという。原理はマイケルソンの干渉計である。

日本語読み上げソフト

さて本論に移る。年始に視力が非常に低下したので、失明の危機を危惧した。文章を読めなくなることは、研究者として致命的であるので、読書を機械的に補助する方法を研究した。その一つとして、文章をコンピュータに読み上げさせる方法がある。日本語と英語について調べた。まず日本語について述べる。
日本語の読み上げソフトはいろいろある。フリーのものとしてはSofTalkというものがある。これを使った結果、日本語をコンピュータで読み上げさせることは、現状ではかなり困難であるという結論に達した。日本語は同じ漢字でも、異なる発音がたくさんある。たとえば「民主党」を「みんたみとう」と読むことがある。これに対しては、辞書登録すれば解決することが出来る。しかし「行った」ということばを「いった」と読むか「おこなった」と読むかは、文脈に依存する。SofTalkでは、この区別が出来ず、どちらかになる。そのため、SofTalkで日本文を読み上げさせると、非常に変な日本語になる。私は失明したわけではないので、文章を目で追うことも出来る。その場合、日本語の文章を目で読む速度に読み上げ速度が追いつかない。読み上げ速度を上げると、変な発音になる。というようなわけで、私はSofTalkをネット記事の読み上げに使うことは断念した。
参考のために言うと、日本語読み上げソフトには、上記のものの他にIBMのものがある。こちらは、SofTalkよりずっと優れている。文脈の解析もするようだ。IBMの視覚障害を持った技術者が開発したと聞いている。こちらは確かに優れているのだが、CPUパワーを要求するので、私の非力なノートPCでは、十分威力を発揮できなかった。

英語読み上げソフト Natural Reader

つぎに本命の英語読み上げソフトである。これにはフリーのものもあるにはあるが、発音がロボット的で自然ではない。私はNatural Soft社のNatural Readerというソフトを購入した。この発音は極めて自然である。値段は5千円程度である。ネットで発注すると、ダウンロードできるようになる。あるいはCDを送ってもらうことも出来る。私の場合、ダウンロードに失敗したので、そのことを知らせると、直ぐにCDが届けられた。Natural Soft社のサイトは ここ にある。
購入したソフトには男女二人の音声が入っている。それ以外にも、たくさんの人物の音声があり、好みにより追加注文することも出来る。しかし、私にとっては、最初に入っていた音声で十分であった。
英語音声のボイス・シンセサイザーはAT&T社の開発したNatural Voiceである。AT&T社は1960年代から、自然な発音を研究してきた。現在の製品は、ほぼ完全であると言える。AT&Tだけでなく、その他のボイス・シンセサイザーもある。アメリカ英語だけではなく、イギリス英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、スエーデン語、アラブ語がある。つぎのサイトから サンプル を聞いてみることを勧める。
とても自然な発音であることが分かるだろう。欧米語は日本語と違って表音文字なので、読み上げに伴う不確定さが圧倒的に少ない。だからこれほど完全な読み上げが出来るのであろう。

英語読み上げソフトでおもしろいことは、単語のスペルに間違いがあると、正しく読めないので、アルファベット通りに読むことである。ネットにある英語の文章にも時々、間違いはある。紙に書かれた文章をOCRで変換した場合などがそうだ。自分の書いた英文を読み上げさせると、スペルチェックの代わりになる。問題点としては、ハイフォネーションを正しく認識しないことである。行末で単語がハイフンで分割された場合、正しく読めない。しかし、文書を同時に目で追っている場合、このことは問題ではない。 
 Natural Readerの使い方であるが、さまざまな方法がある。ソフトをインストールするとアイコンが現れる。これをクリックして、Natural Readerの画面を広げて、そこに読み上げさせたい英文をコピー・ペーストする方法がある。また画面を極小化して、かわりにミニバーという小さなアイコンを立ち上げることも出来る。この場合も、読み上げさせたい文章をコントロールCでコピーして、ミニバーのボタンをクリックすると、読み上げてくれる。さらにNatural Readerをブラウザーと一体化させることも出来る。ブラウザーを広げると、上部に読み上げボタンが出る。読みたい英文をカーソルで指定して、ボタンを押すと、読み上げてくれる。私はもっぱらこの方法で読んでいる。

英文速読術

Natural Readerの読み上げ速度は調節することが出来る。速度を0と指定すると、アメリカ人が通常話す速度になる。1分間に160語程度である。速度ボタンを調節すると、1分間に200語も読み上げることが出来るが、正直言って、私にはフォローできない。リスニングの初心者は、もっと遅い速度を選ぶのが良いと思う。
ちなみに日本人が英文を黙読する平均速度は、良くて1分あたり100語とされている。それに対してアメリ人は1分あたり200語といわれている。だから1分間あたり160語読めることは、アメリカ人には及ばなくても、平均的日本人の1.5倍以上の速度になる。
世の中には速読術が氾濫している。新聞の宣伝にもたくさんある。それによると、10倍以上速くなるという。問題は速く読めることと、正しく理解できることは別であることだ。一般的に言って、速く読むほど、理解度は低下する。だから読む速度と理解度を掛けたものが最大になるようにする必要がある。
速読術の宣伝にも書いてあることだが、黙読速度を遅くする原因に内的発声という現象がある。人は文章を黙読する場合でも、頭の中で発声しているというのだ。実際、喉の筋肉は微妙に運動している。この内的発声が黙読速度の上限を規定してしまう。だから速読法の要諦は、内的発声を止めることにある。世の速読術では、聴覚の代わりに視覚を利用しろと言う。つまり本などを、一字一句目で追うのではなく、ぱっと見てぱっと理解しろと言うのだ。確かに一理あるが、私が速読術を研究した理由は、視力が衰えたことにあるのだから、視力に頼る方法は使えないのである。
私の英文速読術は次のようなものだ。読みたいテキスト形式の英文をブラウザーで表示する。読みたい部分をカーソルで指定して、読み上げボタンを押す。目では文章を追いながら、耳で英語の発声を聞くのである。このとき、分からない単語に遭遇することが多い。特に重要なキーワードでない場合は、そのまま読み続ける。目で黙読するときに、速度を遅くする原因として、分からない単語に遭遇したときに逡巡すること、少し疲れたときに、読むのが止まることなどである。
読み上げソフトは、そのあたりを斟酌しないから、そのまま読み進めていく。だから速く読めるし、いくらでも読める。もっとも意味が分からなくてはしょうがない。そのときは後から、もう一度、分からなかった所を読み直せばよいのだ。まずは全体をざっと読むことが重要である。そういう意味で、私の聴読法は長文の英文を読むのに適している。何せ機械であるから、疲れを知らないのだ。あるときコナン・ドイルのシャーロックホームズものの長編「バスカヴィル家の犬」を6時間で読み上げてしまった。ヒースロー空港をどうするかという、英国の国会討論の議事録を全部読んでしまった。意味のないことではあるが。聴読法のおかげでどんな長文でも、読むのをためらわなくなった。
聴読法にも限界はある。当然のことながら、式を含む文章は読むことが出ない。TeXのコマンドをそのままよんでしまったりする。その意味で、科学論文を読むのには適していない。もっともアブストラクトやイントロダクションのような、式のない部分は読むことは出来る。科学論文の式を含む部分は、じっくりと精読すべきなのであり、速読をする必要はないのだ。しかし大量に発表される論文のアブストラクトだけを、手早く読みたいというニーズには適している。
分からない単語の意味を調べるには辞書を使う。辞書には紙の辞書、電子辞書、ネット辞書などがある。私が愛用しているのは「英辞郎」という市販のソフトである。これをPCにインストールする。分からない単語をコピー・ペーストするとたちどころに意味が分かる。この方式は聴読にとくに適している。紙の辞書をめくる手間、電子辞書に単語を打ち込む手間がいらないからである。しかも英辞郎に掲載されている単語数は、普通の辞書に比べて圧倒的に多いのでとても役に立つ。

新聞と書籍の電子化

このように私は聴読法を開発して、英文の速読が無理なくできるようになった。それで何を読んでいるか。主として新聞である。私はアメリカの新聞、ワシントンポストとニューヨークタイムズを購読している。といってもタダである。毎日、電子新聞がメールで送りつけられてくるのだ。記事の数が膨大で、とても全部は読めないが、適当に選択して読んでいる。そのほかファイナンシャル・タイムス、スペース・デイリーというのも配信してもらっている。
上記の他に、配信はされないが、自分で読みに行くことが出来る新聞として、ウオールストリート・ジャーナル、英国のザ・ガーディアン、ザ・タイムス、エコノミストなど、主要な英米の新聞はほとんど電子化されている。雑誌として、ニューズ・ウイーク、タイムなどもある。科学関係ではニューサイエンティストのサイトには、いろんな科学記事がある。
本稿の趣旨つまり聴読法とは関係ないのだが、私は最近i-Phoneというアップルの携帯端末に買い換えた。これは極めて便利で、ネットやYouTubeを自由に見ることが出来る。ワシントンポストは最近i-Phone用の記事の配布を始めた。i-Phoneさえあれば、どこでも英語の新聞を読むことが出来るのである。
ひるがえって日本の状況を見ると、日本の新聞の電子版は非常に貧弱である。記事が短いし、解説もほとんどない。記事の要約だけである。詳しく知りたい方は紙媒体を買ってくださいということなのであろう。これはもちろん、経営方針の問題である。私は実は宅配の新聞を取っていない。必要な場合、コンビニや駅売店で買うだけである。ニュースはネットで知ることが出来るので、宅配は必要ないのである。
英米の新聞社は、ただで新聞を配って、どうして儲けているのであろうか。それは謎である。記事の横に出ている広告で金を取るのだろうが、それで十分とは思えない。実際、英米の新聞社も経営難で苦慮しているという記事を読んだ。
アメリカでは電子書籍を読むためのキンドル2という端末をアマゾンが売っている。これには読み上げ機能もついている。紙媒体を扱う内外の新聞社、出版社にとっては多難な時代である。しかしわれわれにとっては、読みたいものがどこでもタダで読めるという、便利な世の中が近づいている。とうとうたる電子化の流れを押しとどめることは出来ないのだ。

OCRソフトの利用

読み上げソフトで注意すべき事は、読み上げるのはテキストであり、字の形をした絵ではないということだ。だから透明テキストのついていないPDFファイルは読み上げることは出来ない。また当然のことながら、紙に書かれた英文は読み上げることは出来ない。この解決法は、OCRソフトを導入して、絵をテキストに変換することであろう。そのためのソフトも購入した。正直言って、あまり使い物にならない。というのは、読み取りエラーが多いからである。それを修正するのに、多大なエネルギーを必要とする。また雑誌などで、目で見て読みやすいように、様々な工夫がされているが、これはOCRにとっても、読み上げソフトにとっても「小さな親切、大きなお世話」である。
私はサイエンティフィック・アメリカンを紙媒体で購読している。この種の雑誌は、読者の読みやすさを求めて、途中にコラムなどを挟んでいる。これが問題なのである。これをOCRにかけると、かなり複雑な操作を必要とする。上から下まで、余計なことをせずに、ずっと流れているようなシンプルな文章がOCRにも読み上げソフトにも最適なのである。
サイエンティフィック・アメリカンに関しては、電子版を取ることで問題は解決した。しかし、サイエンティフィック・アメリカンの複雑なレイアウトは、読み上げソフトにとっても、効率的なことではない。

音声入力ソフト

文書読み上げソフトを紹介したついでに、対になる音声入力ソフトについても紹介しておこう。私はIBMのViaVoiceというソフトを導入した。これは、遙か昔に試したことがあるのだが、正直言ってそのときは、ほとんどものの役に立たなかった。認識率が低いからである。あれから何年も経ち、今ではどうなっているかと思って買った。今度は認識率が飛躍的に向上していた。
それでおもしろがって色々挑戦した。この種のソフトの一番の問題点は、認識率の向上である。例え認識率が99%あると言っても、裏返せば100語に1語は間違えると言うことだ。文書読み上げソフトの間違いは、聞き流せば済むことである。しかし音声入力ソフトの間違いは、後で修正しなくてはならず、かなりな手間である。
最初、このソフトを導入した目的は、本の執筆に役立つだろうと思ったことだ。結論から言えば、その役には立ちそうにない。というのは、本を書くなり、あるいは日記を書くにしても、人は考えながら書く。すると、「あー」とか「うー」といった意味のない言葉、息の音、くしゃみ、他人の声などが、全て入力されて、それらがもっともらしい言葉に置き換えられてしまうのである。それを後で修正するのは、なかなか手間である。
このソフトがもっとも適しているのは、すでに書かれた文章をよどみなく読み上げる場合である。新聞や雑誌の記事を読み上げてみると、驚くほどの精度で認識される。読む時に言いよどむことがないからである。だから例えば、数字の読み上げのようなデータ入力には非常に向いていると思う。

まとめ

グーテンベルクが活字を発明して、紙の文章が大量に生産され、それが人間の知的生産性を大いに高めた。現在は、コンピュータによる読み上げソフト、文書入力ソフト、電子新聞、電子書籍の発展により、グーテンベルク以来の革命が起きつつある。知的生産性が再び革命的に増大しつつあるのだ。そして人間とコンピュータの一体化が進んでいるのである。この問題に関しては、改めて論じたい。