2017年03月23日

第100回:「異分野の研究者の連携で、新しい放射線影響学の樹立を:ワイズ博士講演会を聞いて」by 宇野

5月28日、京都で原子放射線の影響に関する国連科学委員会元議長であるワイズ博士の講演会が、学振の委員会や物理学会大阪・京都支部、あいんしゅたいんの共催、京大基礎物理学研究所の後援で行われた。ワイズ博士は「今回の福島原発事故の最大の不幸は、科学と科学者が国民の信頼を失ったことだ。これは、今後の50年100年にわたる大きな人類の損害である。」といい、「学問分野の壁を乗り越え、福島原発事故の教訓を科学に」と述べられた。

実際福島第一原発事故直後から、「放射線は少しでも浴びない方がよい、福島から少なくとも子供は避難しないと大変なことになる」という意見がある一方、100ミリシーベルト以下なら大丈夫との意見もあった。大きく分けて、医者はこの程度は大丈夫といい、物理系の人は危ない派、生物でも分子生物学者の一部が危ない派とおおまかに分けられるようだった。だれの言うことを信じれば良いのという声も聞こえてきた。免疫学と専門とする私が、京都の物理学者との議論を通じて思った事は、物理系の人には原水爆禁止運動に係わった方々も多く、「放射線なんてよい事はないし、原爆に反対するのだから、大げさに言っても良い」という意識が潜在的にあったのではと感じた。一方、医者は、がん患者に何十シーベルトという放射線をあてて治療し多くの人の命を助けているので、放射線に対する感覚が違う。

こういう状況では市民は、科学者の間にも意見が分かれていて、放射線の影響は解っていない事が多い、「直ちに影響がない」と言っても、将来はどのような恐ろしい事が起こるかわからないと思われたのも無理はない。

私自身は、この間物理学者を初めとしてずいぶんと多くの分野の研究者と意見交流し、分野間の言葉の違い、文化の違いを感じた。異分野の研究者との交流は解り合えるまでにずいぶんと時間がかかる。最初は、知らない外国語で話しているようなもので、本当に疲れた。坂東さんを初めとして、毎日のように5時間ぐらい議論しても平気な顔でまた明くる日も議論を続ける物理系の人に、少々戸惑ったりもした。

考えてみるとこれまで科学者が分野を超えて議論をしないで、それぞれの分野の中でのみ議論して来た事が、福島原発事故後の放射線の影響に対しても、「ここまでは大丈夫」、「多少リスクがあるとしてもこの程度である」、「こうすればこの程度の影響は克服できると」、科学者が一致して情報発信できなかった不幸に繋がったと思う。物理屋さんには生物のしたたかさやこの50年の生物学の進歩をもっと勉強してほしいとおもったし、医者や生物屋はもっと物理屋の力を借りたら、レベルアップ出来たのにとも思った。

今回の不幸を乗り越え、国民の信頼を得るためにも、異分野の研究者の連携がないと、低線量放射線の影響の研究のブレークスルーはないと思う。ワイズ氏によるとヨーロッパでは具体的動きが加速されているとの事。福島を経験した日本こそ、その研究の先頭に立つべきではないかと思う。数兆円という除染に使う費用の1/100でも科学に投資することで、異分野連携の新しい学問を発展させ、本当の所の低線量放射線の影響学を日本が世界に発信できると思うのだが。

もう一つ、ワイズ氏の話で印象に残ったのは、若手に繋ぐということである。幸い、あいんしゅたいんには事故後多分野の優秀な若手が集まってきている。この人たちは間違いなく、次の日本の科学の中心となって、福島の教訓を学問としてくれると思うし、そうなるようささやかな尽力はすべきではと思っている。