2017年05月01日

プロジェクト「We Love ふくしま」(WLふくしま) に向けて(ブログ その110)

1.WL福島―県外避難者との連携を!

「京都(関西)に、ホールボディカウンター(WBC)検診車を派遣して欲しい」という避難者の念願が、ようやく実現することになりました。2013年12月13(金)〜19日(水)、京都府庁に、福島から派遣されたホールボディカウンター検診車がやって来ます。そして、関西在住の県外避難者の内部被ばく検査が行われます(詳しくは、こちらをご覧ください)。

当NPOは、福島県地域医療課に対して、「ホールボディ検査検診車の関西への早期派遣を実現して下さいという要望」(http://jein.jp/npo-introduction/message/247-appeal7.htmlhttp://jein.jp/npo-introduction/message/926-appeal8.html)を出してきました。

私たちを訪ねてこられた関西在住の県外避難者の方々がホールボディカウンターによる検査を切望されていることを知ったのは、 昨年(2012年)6月のことでした。この願いを受け入れていただき、京都大学原子炉(11月30日)、並びに美浜原子力発電所(12月23日)で検査が実現しました。京大原子炉も美浜原発も、今回の測定で必要な微量な放射線量を測るための測定器ではありません。しかし、この経験は私達にいろいろなことを教えてくれました。

まず私達は、次のような理由から、福島からのWBC検査車の関西派遣が必要だと感じるようになったのです。

● 京都大学や関電のWBCは、微量のセシウムを検定するには適していない
● 福島の測定機種は微量な線量測定が可能で、より綿密な校正がなされている
● 同基準による全国的な標準化が今後の放射線防護の貴重な資料となる
● 県外避難者にとって、福島県と同機種での検査は、将来設計の為にも重要
● 県内と県外で同一に比較対照ができる重要な資料となる

そして、今回のWBC車の関西派遣が実現したのです。

それだけではありません。私達が県外避難者の皆さんと連携してとり組んだたくさんの経験は、検査の意味を教えてくれました。ご一緒に訪問した2箇所でのWBCの被験者の方々は、測定に対する理解を格段に高めました。

それは、検査に対してきちんと理解し、結果を冷静に見ることができるように、避難者と一緒に勉強したからです。また、両機関ともすぐに結果を提示し、その場で質問に答える体制を整えてくださいました。学習会とセットにしたWBC検査は、健康調査の先駆けモデルとなったのではと思っています。

勉強会のきっかけになったのは、「そもそも、ホールボディカウンターで測ると何が分かるのか」「その結果はどういう風にでてきて、どう読めばいいのか」といった質問でした。
独りよがりの解説ではだめ、もっとわかりやすく読みやすいものを作ろう、とみんなで何度集まったかしれません。そして、その勉強の成果は「ホールボディカウンターとは」というパンフレットにまとめることができました。これは市民と、科学者と、そして避難者の連携の賜物です。出来上がったパンフレットは、「とても読みやすくてよくわかる」と評判になり、福島県伊達市健康推進課では、1万部増刷して市民に配布してくださいました。京都新聞にも紹介され、沢山の問い合わせがありました。

2.ホールボディカウンターのパンフレット作り

このパンフレット作りは、科学者側の私にとっても、これまでにない新しい経験をもたらしてくれました。連日市民と一緒に検討しました。中心になったのは、市民の目線で取り組む艸場さんと土田さんです。艸場さんは根っからの文系で、ちょっとでもわからないことがあると、「どういうこと?」と鋭く突っ込んでこられるのです。土田さんは、理科の先生をしておられたこともあり、なかなか鋭い目線で迫ってこられるので、タジタジとなることもありました。

たとえば、当初、私は表紙に「知ることは、よりよく生きること」というスローガンをいれました。そしたら、「これは押し付けがましい。価値観を入れないで、わかりやすく書く事が大切。」と削除されてしまいました。「うーん、この言葉は好きなんだけどなあ・・・などとちょっと惜しいなあ」という気持ちがなかったわけではありませんでした。
また、あるときには、「このグラフはどうせ見てもらえないだろうし、いらないのでは?」というのに対して、「それでは、結果だけ押し付けることになる。あいんしゅたいんは、そんなことで満足するところではないのではありませんか」と詰め寄られ、タジタジとなりました。

α線・β線・γ線の違い、コンプトン散乱の大切さもしっかりわかって、図としてわかりやすくまとめましたが、これも質問の中から出てきたものです。実に随所に苦労のあとがにじみ出ているパンフレットなのです。

そして、ある程度出来上がったところは、避難者の伊藤さんや菅野さんたちに見てもらい、そこでまた、質問攻めにあい書き直す、そんなことを何度も繰り返しました。科学者の目線でものを見るのとは違う、それを痛感した作業でした。

作成の間に、市民も、県外避難者も、わかるという段階がどんどんレベルアップしていき、生き生きと語られるようになると、科学者が曖昧だったことも見事に晴れ上がってきます。そんな毎日でした。

また、わかるという意味は、このホールボディカウンターによる検査がどのような意義があるのか、ということへの理解にもつながりました。

3.勉強会の記録より

そてに、もっとすごいと思ったのは、県外避難者の伊藤さんたちの勉強ぶりです。始めたころは、

「WBCとは・・・・読めば読むほど、頭が痛くなる・・・・どんどんあれもこれも、広がって手が付けられなくなるほど、頭の中が散かるばかり!!片付けの苦手な私には、整理整頓出来なく、とりあえず一旦寝ます。」

などというメールが入ったりしていたのに、いつの間にか、統計のセンスがつき、誤差の意味を深く理解し、そして、スペクトルを見る目もしっかりしてきて、バックグランドの大きさも感覚がわかるようになりました。またスペクトルをみて、

「なんで、低いエネルギーのところが、高いエネネルギーのところよりバックグランドが大きいのですか?」

というような質問も出てくるようになり、鋭い指摘もたくさん出てきて、すごい!すごい!と驚くばかりでした。すっかり統計のセンスも身についていました。この詳細な記録は別途ご紹介します。

ただ、ここで、少しだけ紹介しておきましょう。

始まったばかりの勉強会でのひとこまです。福島の甲状腺検査で結構な数のA2(註:A2判定というのは、甲状腺にある程度大きな嚢胞や結節を認めたという判定)判定が出たということが新聞記事になっていて、騒がれていました。そしたら伊藤さんが、

「ほかの地域ではどれくらいA2判定がでるのですかねえ」

といわれたのです。すごい発想です、A2判定の比率が、福島で放射線量が増えた地域だけわかったとしても、他の地域と比べないとわからない、これこそ統計の基礎的な発想です。これが、「コントロールデータ」の必要性なのですね。新聞が大騒ぎしているのを見ても、伊藤さんは、自ら考えて、何も言わなくても冷静な判断をし、深い理解へと進んでおられるのです。

坂東「でも、もし1000人中福島ではA2判定が50人、他地域では49人だったらどう判断する?」
伊藤「それは差がないんじゃないかな」
坂東「じゃあ50人と20人だったら?」
伊藤「それだったらやっぱり福島には影響があったと・・・」
坂東「どのくらいで差をつけます?」
伊藤「うーん、なにで判断すればいいのかな・・・」
坂東「そこが誤差ということと結びつくのよ。伊藤さんは統計の一番重要なことを発見したってことですよ」

こんな会話が出てくるようになったのです。

4.検査を終えたあとの感想

さて、「なぜ、WBC検査をするのか」を考えるのに、もう一つだけエピソードをお話ししましょう。検査を終えた後のことです。

「皆様のおかげで検査を受けることができたこと、とても感謝しています。何度も福島に出入りしている私にとって、むこうでの飲食は不安材料のひとつでした。検査結果をみて、ああよかったと安堵しています。数字をみることで安心、これをくりかえしていくことで放射線への漠然とした恐怖から解放されるようになれる気がします。
勉強会もわからないことから(基本の基本でしたが)原子核なんて今までならスルーしていたことから自分で取り組んだことでなんとなく理解でき、じゃあこれはどうなの、これは?と疑問がもてるようになりました。人から教わる、聞くだけの勉強会だったら、片方の耳から入って、片方から抜けてく感じだっただろうと思います。」

と言われたのです。数値で客観的に知るということの意味がここに現れています。

もちろん、今では、福島県民の測定結果がでています。おそらく、測定しても、何も変わったことは出てこないでしょう。それでもなお、「やはり、WBC検査が必要だ」と考えるのはなぜか、そこを突き詰めてみたいのです。

その答えの1つは、次の言葉に表れています。

「私たちは、今やもう、普通のものを食べている限り、内部被ばくを気にしなくていいということは分かっています。しかし、私たちは農業を大切にしています。スーパーで買うものではなく、野菜や果物を自分の手で育てて食べられないのでは、これからの生活は成り立たないのです。」

「作物を植え付ける人はどの点に注意しなければならないかまで考えていかないと。行政は、ゼオライトを田んぼに混ぜると放射性物質を吸着して作物に吸収しづらくなるといいます。まるでゼオライトが放射性物質を消してしまうかのように思えるのですが、そうじゃないですね。放射性物質がなくなるわけではないのだから、じゃあ、何をどう注意しなければならないかを知らなくてはならないのです。今回の勉強から少しずつですが、自分たちの生活に戻して考えることをしなくてはと思えるようになりました。」

どうしたら生きていけるのか、それをほんとに知りたくなり、それが明日のために必要になったとき、すごい熱意で勉強されることに感銘を受けました。科学が役立つこと、そのことを身を持って教えてくださったのです。今まで、大学での授業で教えてきた私の経験と照らし合わせると、「一旦、経験と生活の中での必要となると、プロ以上の感覚が出てくる」、そのことを実感しました。

こんなことから出発した勉強会の様子、わかってもらえるでしょうか!もっともっとたくさんのエピソードがあります。それは、その様子をパワーポイントにまとめました。こちらをご覧ください。

5.「どうして今ホールボディカウンター?」

こういう質問をされる方もあると思います。

実際、現在の福島の状況で、内部被ばくを心配しないといけない確率はかなり小さくなっています。それは福島では、今までに、丁寧に内部被ばくを調査し、健康調査が進み、福島在住の方々のホールボディカウンターによる検査の結果を持ち寄って、全体像がほぼ明らかになってきているからです。丁寧に調べた結果が公表され、みなさんに共有されて、非常にはっきりした形で、その程度が明確になったからです。特に,ひらた中央病院の調査は圧巻でした。線量計測技術に長けた科学者が医療関係者と一緒になって、しっかりしたデータをだし、余すところなく明らかにしたからです。

それは、例えばここに、

●  福島県内でホールボディーカウンター(WBC)を用いて三万人以上の体内セシウム量を測定し、チェルノブイリ事故で得られた知見に基づく予想よりも、内部被ばくが遙かに低いことを明らかにした。
●  特に、2012年秋に三春町の小中学生全員を測定したところ、検出限界を超えた児童生徒は皆無であった。サンプリングバイアス(注2が無い測定により福島の内部被ばくが低いことが示されたのは、これが初めてである。
●  現在の福島県内の日常生活において、食品からの慢性的な放射性セシウム摂取が非常に低く抑えられていることが示された。

とまとめられています。例外的に、有意な値が出た場合には、必ず特定の(検査を受けていない)食材(例えば野生の猪肉)を食したという原因結果が明確になっているのです。これは大切なことで、原因が分からないと何を注意していいのかわからないので、周りが全部危険に見え、不安に駆られるのですが、原因がはっきりすれば、そこだけ注意すれば、基研り良い食生活ができるということなのです。

さらに、コープ福島の「陰膳調査」は、2011・12年度にかけて、何度にも分けて日常食の放射能測定の結果を発表しました。食材の産地傾向をみると、100家庭中9割以上が福島県産の食材を使用、それも、食品店で購入された食材、自家栽培の食材などさまざまになってきています。測定結果値の概要は、「100家庭中、1キログラムあたり1ベクレル以上のセシウムが検出されたのは2家庭、他の98家庭は放射性セシウムが含まれていたとしても1キログラム当たり1ベクレル未満だった」とあり、「最も多くの放射性セシウムを検出した家庭の食事に含まれるセシウム137とセシウム134の量は1キログラムあたりそれぞれ1.9ベクレルと1.3ベクレル。この量は、100家庭いずれでも検出されている放射性カリウム(カリウム40)の変動幅(1キログラム当たり13ベクレル~48ベクレル)のほぼ11分の1程度」ということです。この結果は、学術論文として採択されたということです。「協が学会に貢献した」、それを聞いて、私は思わず拍手を送りました。これこそ、市民が科学社会に実質的に参画しはじめたのだと思います。21世紀の科学は、こうなくてはなりません。

6.大切なこと

じゃあ、そこまでわかっているのに、どうして県外避難者の方々は検査を切望しているのでしょうか?

ひらた中央病院の結果も、コープ福島の結果も、確かに高価な精密測定装置を駆使して、科学者と市民の協力と連携の上に得られた成果です。測定結果は確かに個人情報ですが、それを集めたら共通して言えることが見えてきたのです。共有する知識、それが見事に実ったのですね。

私たちは、パンフレット作成に際して、福島の医療関係者にもいろいろと相談させていただきました。その方が、

WBCは、福島で「消費者」として生きていくための指針になるのだ

といわれました。

個人のベクレル量は個人情報ではない、そのことに大きな意味があると思います。WBC測定、食品検査や陰膳調査、それは生活のなかで、天気予報のように時々刻々と変わる線量を把握し、分析し、対策につげていく、という視点が必要なのです。みんなの情報を集めて、知見が深まり、全体像が見えてきた、そしてこういう共同作業があってこそ、情報の意味がしっかりと受け止められるのです。

行政も、当初は「公表したベクレルに対して自分達が説明をしなくちゃいけないんじゃないか」「たくさん文句が来るんじゃないか」というような恐れを抱いていたのも無理からぬことでした。しかし、ひらた中央病院やコープ福島が示したお手本は、徐々に行政の意識も、市民の意識も変えていくのです。h何社の方も、「自分たちのデータが、次の世代の役に立つのなら、どうぞ使ってください」といわれ、WBCを受けるための予備知識と目的意識を持ち始めています。このように、冷静に、客観的に、知恵を出し合い科学的な方向を見定めることができるようになったとしたら、これほど大きな財産はありません。国が豊かになるというのは、ほんとうは、そういうことではないでしょうか。こうして初めて行政と市民が連携できる基盤ができるのだと思います。

もう一点、大切なことを教えてもらいました。自家栽培・家庭菜園、というのは、「生きる」「文化」につながるものだといわれたのです。そこからもう少し踏み込んだ「自主的な防護」が出来ることへとつなげていかねばなりません。

「福島では、自分で作り、獲り、食べることを生業や生きがいにしている人が多いのです。多少のセシウム量が出てきたとしても、それを生活文化の喪失と比べることができるかどうか。生きがいを奪うことにならないか。検査が人を不幸せにしないか。自家産からスーパーに食品を変えることで、子供も含めて健康を損なわないか、それを考えられるようになることこそ、未来につながります。」

この言葉のなかには、福島の現場で、県民として献身的に働いてきた医療従事者の熱い思いが伝わってきて、私は感銘を受けました。知ることはよりよく生きること、という意味をこれほど、痛く認識したことはありません。知ること、正しく事態を認識することこそ、次の生き方を決める大切なことです。この時はカンニングもなにもできません。自分の全力を挙げて、全力を振り絞って、自ら勉強せざるを得ないのです。目の前に起こっていることをしっかり把握する、正しく認識すること、自分の力で正確に認識し、何をなすべきか自分で見つけるしか道はないのです。

7.知識の共有への営み

でも1つ、今回のことで新しい大切なことを現場医療者の教えてもらいました。それは、事態を正しく認識するとき、既成の知識を勉強することで答えがわかるという状況ではない、そんな時、自ら働きかけることはもちろん、たくさんの仲間と情報を共有して、真実を次々明らかにする営みの大切さです。

現場の医療者が、福島でずっと取り組んでこられた最も大切なことは「分かっていることをみんなに伝える」だけでなく、

みんなの経験と知恵を結集し、得られた知識を共有する

ということなのです。

そうすることによって、WBCの測定と、食品検査を連動させ、特定の食品を(つまり犯人を)追い詰め明確にしていく、まずこの共同作業がなければいけません。個人情報だと思っていたことが、実は共有の知恵に発展していく根拠がそこにあるからです。そしてそれこそ科学という営みなのだ、ということです。福島は21世紀型の新しい科学のあり方を求めている実践の場なのです。すでに、特定食品(犯人)がわかっているのならもうWBCは必要ない。いつどういう時、どのような食材に線量が多いのか、それを暴き出す仕事を市民と医者と科学者が一緒になって明らかにしたのですから。この経験は、放射線防護だけでなく、膨大な環境に囲まれた私たち生き物が、自ら周りに潜むマイナス要因を暴き出し、それを乗り越えてたくましく生きていくための術を、科学者だけが一生懸命見つけるのではなく、市民とのネットワークを強めながらその中の法則を見つけているという、そういう新しい科学のあり方を必要としている典型的な事例が、この福島の作業の中にあったのだ、ということを教えてくれました。

WBCを用いて明らかになったことは、例えばチェルノブイリ事故後のベラルーシなどと比較して、劇的に被ばく量が低いという事実です。だからこそ検出限界の話などが大問題になっているのですね。チェルノブイリだったら、バックグラウンドや検出限界の話なと吹っ飛びます。ずっと高いベクレルの阿多には10や100ベクレルなどは誤差の範囲だったのです。ひらた中央病院のデータは、福島の野山の食の恩恵を最大限に受けている人の、年間最大内部被ばく量が1mSvくらいで、これを超える人はいないことを明らかにしました。

まだ、事故で危険な状態にある、と心配している人がいたら、そこにWBCを使えばいい。WBCは、「よりよく生きる」ために使えばいいのです!

福島で、消費者として生きる以上、おそらく簡易型WBCで検出限界を超える方は今後出現しないでしょう。だって、放射性セシウムが入りやすい食材かを消費者の協力で明らかにしたのです。また、果物や米の生産者たちは、ここ2年、正確に測定し、流通段階で計測し、販売者は防護の努力をし、みんなの共同作業で食の安全を証明してきました。それがWBC結果に表れているのですね。

医療生産者や野山からの恩恵を受けたい人々については、「自分達がどこまでもともとの食を取り戻せるのか」というメルクマールとしてWBCを使っていただきたい。自分で「腑に落ちて」、何を、どこまで食べられるか。高いものも、低いものも、何に入っているかも、自主検査などで把握しつつ。「これなら食べられる」と自分で判断し、年に1回WBCを受けにくる。自分でコントロールする。「1000Bq/bodyか。この1年、1日平均8ベクレルくらい食べているかな~。まあ毎月1回は天然キノコ食べてっからな、はっはっは!このくらいならいいべ。子どもは食べんでいい。天然キノコなんぞ贅沢だ。」、と、「自分」で判断できるようになる。こんな姿を思い描いています。これが、生産者や山とともに生きる人々の最終段階。
 
WBCは、土地を愛し、文化を愛す人のために使う、という結論に私は至っています。原子力災害に対応するための機械ではありますが。故郷を失うことが、棄てることがないように。そのために、「生きた機械」にしたい、と思っているのです。

この熱い現場の医療者の言葉を、私はどうしても伝えておきたいと思います。

8.人々に人に真実を伝えること 

さて、当初、土田さん、艸場さんと3人でずっと議論して結論にいたらなかったこと、そしてずっと持ち越された質問は・・・

「何のためのWBC?ベクレルがわかってどうだって言うの?」

というところで、モヤモヤしていました。

それが、この間の取り組みと福島の現場の医療者との交流から、科学者がプロとしてどういう役割を果たすべきか、市民がそれとどうかかわり合うのか、それが、ちょっと見えてきたのです。

「WBCの目的は何?何のためにベクレルを一生懸命測るの?どうせ、大抵は、基準値より2桁以上少ない総線量になるに決まっているのに」というような話を延々とやってきた、私達は、次のステップに行こうとしています。

最後に、今回のWBC検査の意味を、県外避難者の次の言葉で締めくくりたいと思います。

「私達は、検査結果をほぼ予想できます。ただ、それを客観的な数値として知っておきたいのです。娘たちが、子供たちが、福島出身だということで、偏見をもたれないように、偏見が世の中に出回っているなかで、数値で科学的な事実として知っておきたいのです。」

健康のケアは必要です。しかし、そのために、根拠もないのに、「福島は危険だ。福島の人は被爆している」と声高に叫ぶマスコミや科学者たちに、事実に基づいて発言してほしいのです。本当のことを知るということこそ力になるのです。

今や、福島では、犯人捜しはほぼ終わっています。WBC検査をしなくても、何を食べているか、何を食べたか、がわかれば、検査結果はわかるようになったのです。

では何が必要か・・・・。

この結論と共有することです!

この「共有する場が必要だ」といわれる医療の方々の思いは、次の課題につながります。

犯人はなにか?果たして、当初問題になった米か、次の果物か、・・・・コレラは徐々に疑いが晴れ、マスコミや世間の風評に惑わされて、犯人と混同している世論

この疑いが晴れるためには、マスコミも科学者も含めて誤った情報に振り回されないためには、科学的冷静に判断する知性が要ります。

福島での献身的な営みのなかから、ここまで先が見えてきた現場の医療関係者のご努力をより多くの市民に伝え、そのネットワークを力にしていくことの大切さ、そしてその中で科学が強力な武器になることを、みんなに分かってもらうこと、そして真実を知る武器は科学であることを、沢山の人に伝えていくこと

これこそ、これからの最も大切な課題なのではないでしょうか。