2017年10月20日

南部モード・・・南部先生の物理(ブログ その106)

1.南部陽一郎先生

南部陽一郎先生がノーベル賞を受賞されたのは2008年、あれからもう5年が過ぎた。それ以後、南部先生はめったに講演もされないし、人前にも出てこられなくなった。それどころか、ノーベル賞授賞式にさえ、ご病気ということで出席されなかった。受賞講演は受賞論文の共著者である弟子だったヨナ・ラシー二ォ博士が代わりにされた。

その南部先生が、さる2013年7月16日、久しぶりに大阪大学で講演された。南部先生は、大阪大学特別栄誉教授になられたということで、阪大にだけはこれまでも時々お顔を見せられることは聞いていた。
しかし、これまでは、講演会にはマスコミ関係も中に入ることはできなくて、阪大の学生さんだけしか聞けなかった。一般公開はされていなかったのだ。今度は申し込めば参加できる。どうしておられるのか、と思っていたこともあり申し込んだ。

その日、会場に入ってこられた南部先生は、もう92歳である。演台への階段を上られるときは、助けを借りておられたが、しっかりした口調でご自分で作られたパワーポイントを使って話された。

講演のタイトルは「物理学の周辺」だった。意外にも、講演の最初に「ずっと豊中に住んでいます」といわれた。ずっと豊中に住んでおられることはなんとなく知っていたが、マスコミなどに騒がれるのがおいやなのか、ずっと黙っておられた。それに、米国籍の南部先生は、毎年1度はわざわざシカゴに帰られ、手続をして来なくてはならないとおっしゃっていたが、どうやらシカゴのお住まいは処分されたらしい。では、もう長旅の飛行機にはのらなくてもよくなったのかなとか思ってほっとした。

そのお話の中で、2つ心に残ったことがあった。

2.日本に物理が根付かなかった?

その1つは、ある評論家の『日本は空の月を見て和歌や絵が生まれるが、天文学や物理は生まれなかった』というのを引用されたことである。この深い意味は何だったのだろうか?

日本では、江戸時代、庶民の子供たちは、よみかき、そろばん、などを中心に、教育が普及していたことは有名である。明治になって、福沢諭吉が「学問のすすめ」で、「窮理学」を重んじることを説いて、教育の中に取り入れられた。窮理学とは今でいう物理学であった。そして、近代科学の生まれたヨーロッパに「追いつけ、追い越せ」ではなく、「追い越して追いつく」勢いで、多くを学んで日本に持ち帰った先輩たちがいた。そして、物理の世界では、デンマークのボーア研究所を中心にして、学問の前では対等平等な科学者たちが自由に忌憚のない議論を戦わせる気風があった。ボーアは、「科学こそ、人間の協力の最も進んだ形の1つである」と確信していたという。国境を越え性差を超えた人類の純粋な共同作業ができるネットワークが形成されていた。そこに根付いた、コペンハーゲン精神は、先輩たちが日本に持ち帰った。この気風は、大学の枠を超えたネットワークを作り、目的のために助け合った。そして、その水先案内をしたのは、湯川秀樹・朝永信一郎、そして南部陽一郎であったと誇り高く思ってきた。そこでは、学問の前では、老いも若きも上下の区別なく対等平等だという研究者集団の原則が生きた科学者の世界があった。その先取の気風が、日本における輝かしい物理学の成果を生み出したのだ、と私はずっと思っていた。

南部先生は、このような日本の物理を、評価されていたと思っていた。先の引用した評論家の話は、「そんなことはないよ。物理はしっかり日本に定着していたよ」ということを明確にしたいためにわざわざ引用されたのだろうか。

いや、ひょっとしたら、実は日本の物理のやり方も南部先生からみればもの足りないところがあるということを、暗暗裏に言いたかったのではないか、と考えないではおられない。大声では言われないが、実は、密かに今まで日本の物理をそう観てきておられたのでは?などと思ったりもする。

どうなんだろう。わざわざ引用されたその意図は、どこにあったのだろう。

そう思うのは、実は、私もちょっと考えるところがあるからだ。3月11日以後、今一度、ノーベル賞を生み出した日本の先進的なグループだった素粒子論グループについて、ある種の反省と疑問が心のどこかで芽生え始めていた私にとって、気になる一言だったのである。

3.ディラックモードと湯川モード

もうひとつの気になったことは、南部先生が、途中で、言葉を詰まらせ、何かをさがすように何度もスライドを見直されたことだ。「1つ大切なスライドが見当たらない。ぬけていますね。」と独り言をおっしゃった。

「あ、あの話だな」と私は思った。湯川モードとアインシュタインモードの話である。あとで、会場からの質問に答えられたのを聞いて、やっぱりそうだったと思った。

先生は、「理論屋が研究するやり方にはいくつかの型がある」といわれる。

私がこの種の話を聞いたのは、確か1985年京都国際会館で開かれた「中間子論50周年記念国際会議」であった。丁度、同じ場所で開かれた素粒子論を中心とした大規模の国際会議「高エネルギーレプトン・光子相互作用国際会議」が開かれる直前8月15日から17日の3日間に、当時の著名な物理学者が一堂に会した思い出深い国際会議である。日頃、目前のテーマに目を奪われて、分野全体を見渡し今後の展望を見据えることがなかなかできないので、ここに焦点を置いた国際会議は、それなりに意味があるものだった。

話が横にそれるが、この会議には、あのお茶目な、リチャード・ファイマンも出席した。このファイマンさん、明日から会議だというのに、前日になっても、京都に到着しない。そして誰もどこにいるのか知らず、雲隠れにあったのか、と、みんな大騒ぎしたが、そんな中、お茶目なファイマンは、ひょっこりと京都に現れた。東京から京都に来るのに、1人で普通列車に乗りこみ、伊勢方面をお忍びで回ってきたという。ほっと胸をなでおろしたことが印象に残っている。

さて、この時の記録[1]には、印象に残った南部講演の話に触れている。湯川モードとディラックモード、という話だった。

4.アインシュタインモード

ところで、このモードの話は、それ以後、いろいろと形を変えてはいるが、南部先生がよく言及されるようになった。中でも、この話が、新たにもひとつ、アインシュタインモードを加えて3つになったことを知ったのは、つい最近である。

その説明は、南部先生が、ヒッポトラカレ言語研究所で話された記録を引用して、そのまま、先生に語ってもらうのがいいだろう

【ヒッポトラカレ言語研究所ニューズレターより引用】

 理論を作る3つのタイプ 南部陽一郎

物理の理論を作るには3つの段階があります。まず、最初は新しい現象が出てきた時には、その性質を色々調べて、その間に何か法則があるかどうかを調べます。それがあったとしても、そのままではだめです。次にそれを説明するためのモデルを作ります。そのモデルに従って、このような特性があると説明するのです。そして、その後で、いわゆる本質的な理論を考える、つまりその特性につながる数式を貴家現します。その理論から計算すれば現象がちゃんと性見るに予言できる、あるいは理解できる・・・、そうなって初めて理論が出来上がる段階になるのです。

しかしですね、それで安住できる、と言うことにはならんのです。自然と言うものは、面白いもので、何か見つけると必ずそれ以上に複雑で、説明のできない姿を見せる。だから、また我々は最初から探し始める。その繰り返しです。

ひとつは「湯川型」。新しい現象に出あったとき、その背後には新しい何かの粒子があると考え、その数式を見つけるんです。湯川秀樹さんの場合は、新しい粒子「中間子」があると言ったわけで、そういった途端、以降何十年にもわたって、本当に次から次に色々な粒子が見つかってきました。その考え方は何十年も我々の頭の中に定着していて、我々の考え方の基礎になっています。現象からのボトムアップです。

2つ目は「アインシュタイン型」。こちらは湯川型と正反対で、トップダウンです。まず、理論をつくる。こういう理論があるから実験でこういう「何か」が出てくるはずだと言う考え方です。例えばアインシュタインは、重力場の理論をつくって、空間が曲がっていると言った。曲がっているから、こういうものが出てくる、と言ってそこで予言したものが実際に見つかってきています。

3つ目は「ディラック型」。ディラックと言う人は、「自然の法則は美しくあるべきである」と言う考えを貫いていたんです。つまり、数学的美的観念から数式を作りだしてしまう。すると実際にその数式に合う現象が存在することが見つかるのです。ディラックが作った数式のひとつに「モノポール(単磁極)」を示すものがありますが、これはまだ実際には見つかっていない。そこで現在多くの物理学者がモノポール探しをしているんです。もしかすると、私達の周り、この辺りにウヨウヨしているかもしれないですよ。

新しい発想が浮かぶ時もちろんそれまでにあらゆることをやっているのですが、ヒントとかは突然やってくるものです。なぜかと言うはなんともいえませんがね。24時間、寝ている時も絶えず頭の中で考えている・・・。人によって違いますが、私の場合は、主に発想が浮かぶのは、夜が多いかもしれません。寝ている時だったり、NYの地下鉄に乗っている時にハッと浮かんだり。細かい計算をしていると頭がこんがらがってきますから、そんなことはコンピュータとかでやればいいんです。細かい計算をしているときには、大局を見ることができない。そこだけしか見えていないですからね。そういう時は、横になって考えてみるんです。そうすると大局が見えてきて、考えやすい。するとふっと数式が浮かんでくるんです。

ちょっと説明を付け加えておこう。

「湯川モード」とは、要するに、従来の既知の理論からは「想定外」の新しい現象を説明するのに、新たな実体を導入するというやりかたである。湯川先生は、それまで、知らなかった新しいタイプの力(原子核を結びつけている力、核力)を説明するのに、まだ見つかってもいない新しい粒子「パイ中間子」があると予言したのである。しかし、その時、実は1つ掟を破ったことがある。それは、「力の起源」として参考にしたマックスウェルの打ち立てた美しい理論「電磁気学」の掟を破ったのである。その掟とは、「対称性(もっと正確に言うとゲージ対称性)」である。そこには、「現実が違うのだから仕方ない。対称性は犠牲にするしかない」という原則を放棄する「あきらめ」みたいなものがある。逆にいえば、現実を重要視する姿勢がそこにあるといっていいだろう。南部先生は「現象からのボトムアップです」といわれる。

一方、アインシュタイン型はどうだろう。まず、理論をつくる。それは、「対称性」という原則が貫かれた美しい理論が存在する。この原則が、「ゲージ対称性」である。空間の一部で起こった変化は、周辺にじわじわと伝わり、周りにいささかの影響を与えつつ遠いところまで浸透する。つまり、ごく近いところ(局所)の積み重ねが、グローバルな構造に影響を与えるというようなイメージである。私たちは、これを「地方自治の原理」とよぶことにしている[2]。こういう原理原則があるのだから、「実験でこういう粒子が予言できるはず」と予言するのである。同じ「新しい粒子」を予言するのだが、ちょっとアプローチが異なる。アインシュタインの場合は、グラビトン(重力子)というゲージ粒子があるはずなのだ。

ディラックの場合も、ある種の対称性があれば、それに応じた粒子があるはずだと予言する。例えば、粒子反粒子対称性(専門用語では、荷電共役対称性)という原則から、電子の反粒子である陽電子の存在を予言した。これはのちに発見され予言の正しさが証明されたのだが、ちょっとしたエピソードもある、ディラックは「電子と同じ質量の陽電子があるはず」といったが、当時そんなものは発見されていなかった。で、当初、ディラックはそれはプラスの電荷をもつ陽子ではないかと思った。しかし、対称性の議論からすれば、質量が違いすぎる。「対称性が破れているのかな」と大変悩んだらしい。そしてこれを説明する理屈を一生懸命考えていたのであった。しかし、実際にはのちに、陽子ではないプラスの電荷をもつ陽電子が発見されたのだから、やっぱり対称性は厳然として成り立っていたのであった。

ディラックは、またモノポールというものを予言した。電磁対称性があれば、電荷が単独で存在するように、磁石のN極やS極(単極 モノポール)があるはずだと予言する。モノポール探しは魅力的なので、多くの科学者をひきつけ一生その探索に労力を費やした人も結構いた。しかし、まだ見つかっていない。これも不思議なこととの1つであるが、もし、モノポールがあったら、すごいことができることが、ネットなどで検索してみるとわかるが、いまもなお、研究の対象である。南部先生が書いておられるように、うようよ出てくるかもしれないので、わくわくする。

さて、このように、ディラックもアインシュタインも、対称性という原則を大切にして、それが世の中で実現しているはずだという姿勢を貫いたのである。もっとも、陽電子は発見されたが、グラビトンもモノポールもまだ確認されていない。原則通りに自然の姿が実現されているかどうか、楽しみでもある。

結局は、ディラックもアインシュタインも同じ方式なので、湯川モードとアインシュタインモードという2つのやり方に還元できるのではないか、と思われるので、今後、湯川モードとアインシュタインモードという2つに分類することにする。尤も、どちらの立場をとるか、同じ科学者でも、ある場合は前者、ある場合は後者のモードを選択することもあることは注意すべきである。

ディラックモードもアインシュタインモードも、自然にある掟をしっかり守るが、湯川モードは、掟を破ってでも現実を直視するというべきかもしれない。

5.南部モード・・・第3のモード

ところで、この2つの他に第3のモードがあるのではないか、と私は思っている。

もう3年前になる。「南部モード」というタイトルで、数理科学(2010年9月号 No.567)、特集:「南部陽一郎」- 学んで考え,考えて学ぶ物理の奥義に原稿を頼まれたが、そのタイトルは「南部モード」であった

昔からそうだが、南部先生は、絶対にご自分の業績を自ら語られないが、私は、ほんとは、「南部モード」というのがあると思っている。アインシュタインモード(トップダウン)、湯川モード(ボトムアップ)、という言い方をすると、南部先生は、ボトムアップを考えつつ、理論の整合性という原則の真髄をしっかり押さえて矛盾点を明らかにし、それを突き詰めるやりかただ。

対称性は、あるかないかのどちらかだ、原則は貫くか破るしかない、そう普通はステレオタイプで考える。しかし、そういうのではなく、第3の道がある。

それは、実は自然の法則を本気で追求する現実的ではあるが、深い洞察から導かれる結果なのではないだろうか。 それが、自発的対称性の破れというメカニズムなのである。

現実の世界では、対称性は破られている、では対称性という掟はこの世界ではないのか、と常識的に思ってしまい、現実に妥協するか、現実を見ないで原則だけを振り回すかどちらかになってしまうのが世の常だ。

しかし、自然を貫く原理を正面から見据えて、しかも現実を無視しない、そういう深い洞察を行った結果、たどり着いたのが、「自発的対称性の破れ」というメカニズムなのだ。

それが、南部モードという第3の道なのである。

自発的対称性の破れという、対称性を貫く原理をきちんと理論化した南部モードが、新しい地平を開いた。この素粒子論の理論構築にもたらした新たな地平は、単に素粒子論だけではなく、物理現象を超えて、多くの分野で、現象を見る目に革新をもたらしたことを心強く思う。

講演で、モードのお話をしようとしておられたと思われた南部先生は、そこでも、ご自分が初めて開いた新たな地平、南部モードのことは、やっぱり言われなかった。

6.南部モードの深い教え

なぜ、私は今、南部先生の講演を聴きながらこんなことにこだわったのか、昔の話を思い出したのか、考えてみた。

それは3・11の福島原発事故以後の、科学に対する、市民の信頼が失墜したのは、なぜかのか、を考え続けていたからではないかと思う。とともに、ずっと誇りにしてきた伝統ある素粒子論グループの先取的気風にたいして、何か、欠けていたものがあったのではないか、という疑問が、だんだん膨らんできたからであることに気がついた。

南部先生とこの話をもっとしてみたい、とも思ったが当日はできなかった。「先生は絶対にご自分のことをおっしゃらないが、南部モードという表現をつかうことで、アインシュタインは、トップダウン、湯川は実体を導入したボトムアップ、そして、南部先生は、ボトムアップを考えるときも、理論の整合性、つまりアインシュタインモードの真髄をしっかり押さえて矛盾点を明らかにし、それを突き詰めるのだ、ということがとても直感的に伝わってきたのです、」そういいたかったのだ。

今、原発絶対反対派と、原発推進派と、そのどちらもついていけないという良心的な科学者が、沢山悩んでいるのではないだろうか。現実にある原発に対して批判はたくさんあるし、原子力を利用するに際しての原則を貫く道はないのかと、大変苦慮している科学者は多い。一方、現実の中で改良に改良を重ねてここまできた技術者もたくさんいるのではないか。

しかし、推進派も反原発派も、どちらの側も、「現実を直視しないで、科学的事実を直視しないで、自分の主張に合うものだけを主張する。主張を通すためには、仕方がない。」という非科学的な態度が散見される。

科学的事実を直視しない、あるいは、しっかり把握しようとしない科学者の中には。例えば「低線量放射線の影響はそれほど深刻でない」とわかっていても、「市民運動では、危険を強調し、原発反対につなげても、結果的には行動は一致しているので、構わない」という意見もある。地球温暖化の時もそうだが、科学的事実をみないで、「温暖化か寒冷化か、それはどうでもいい。温暖化防止という結果の行動が、石油文明への警告となればそれでいいではないか」と本気で思っている運動家の意見も時々聞くことがある。

3・11の福島原発事故以後、物理屋には原則的なことを言うが技術が分かっていない、技術屋は現実的なものはわかっているが、原理原則を貫くという姿勢に欠ける。それが原子力と原子核理論の乖離をひきおこし、今もなお、両極端の議論だけが横行し、かみ合わない状況を作り出している。なんとか克服しないと、科学の信頼は回復しないだろう。そんなことを感じるこの頃である。

7月30日には、阪大で第一回南部コロキウム(the 1st Nambu Colloquium)という形で、南部先生の名を冠したコロキウムシリーズを開始されるということである。こうした物理の取り組みの姿勢をずっと大切にする気風が欲しいな、と思うこのごろである。頑張って参加したいと思っている。



[1] 坂東昌子・登谷美穂子「Meson50‐中間子論50周年記念国際会議」日本の科学者」1986年3月号(Vol.21 ,No3 通巻218号)P40

[2]坂東昌子, 中野博章「四次元を超える時空と素粒子―隠された次元」現代物理学最前線5 共立出版