2017年11月24日

真実を語ると反動にされる(ブログ その86)

1.性差の科学最前線の電子出版

「性差の科学の最前線」(性差の科学編集委員会)がこのたび発刊されました。pdf版は、次の方法で見ることができます。

1)Googleなどで、”性差科学の最前線”と検索すると、「性差科学の最前線 - 性差の科学編集委員会 - Google Books」がでてきます。解像度は悪いですが、内容は見ることができます。

2)高等教育研究開発推進センターが運営している「MOST」というコミュニティサイトがあります。このサイトに「性差科学の最前線」のpdf版をアップしています。大学の授業等でテキストとしてご使用していただくこともできます。解像度もきれいです。これは、教育機関の発行するものですので、みなさまが、論文等に引用されるときも、文献として引用できます。

性差の科学編集委員会が立ち上がったのは、2010年2月ですから、2年越しで取り組んでいたことになります。登谷さんがまとめ役を引き受けてくださり、やっと電子版として日の目を見ることとなりました。当NPOのメンバーでもある坂東と宇野理事が参加していました。出版事情の厳しい中、どういう形で発行するか、もいろいろと議論した末の結果です。実はもっと突っ込んだ議論もいろいろ原稿の段階ではあったのですが、最低お伝えすべき内容として精選したのが、この電子版です。この「性差の科学」の取り組みは、もっと元をたどると、書いたブログ性差の科学(ブログ その17)女性研究者のリーダーシップ」プロジェクトについて。さらに遡ると、「性差の科学」プロジェクトにまで遡る。当時まとめた「性差の科学」は、その集大成でした。

この電子書籍が今の時期にでたことに感慨深いものがあります。それは真実を語ることの意味を再び思い起こさせます。ここではそのことに絞って解説したいと思います。

2.真実を語ることの難しさ

真実を語ることの恐怖は、権力側からのものだけではありません。ときには、進歩的といわれる民衆側からもかけられます。「男と女の違いは、どこまでが生得的か、Nature or Nurture」論争は、古くから論じられてきましたが、実は、この疑問は、それ以上に女性論を論ずる上でも重要な論点でした。女性を第2の性から解放し、より主体的に生きるための精神的支柱として、女性たちを励まし続けてきた背景には、「イブはアダムの肋骨から作られたのであり、脳から?作られたのではない。だから女は知的活動には向いていない」という古くからの言い伝えがありました。これに対して、「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」というボーヴォワール著作「第2の性」(1949年)の冒頭の言葉は、女性たちの励ましの言葉でした。この合言葉は、女性が自立の道を切り拓く支えとなってきたのです。ですから、進歩的女性たちにとって、性差がないことと女性解放運動は、深く結びついていたともいえます。

こうした状況の中で、「性差がある」ということは、即、反動というレッテルが貼られてしまう状況が生まれました。さらに、科学としての性差の研究自体が保守的とみなされるようになっていました。ある人類学者は、「性差を問題にすることは、女性運動に水を差すのではないかと私たちは躊躇していました」とその気持ちを表現しています。「性差がある」というと、即、保守派というレッテルを貼られました。こうして、「性差は生後に生まれる」という学説は、フェミニストやジェンダーフリー論の科学的証拠とされてきたのです。学問の世界で、真実を語れない状況は、大抵は、国の権力者や利益優先すつ企業側からの圧力で生じるのですが。その逆に、進歩的であるはずの側からも、掲げるスローガンにとって有利な学説だけを受け入れるという状況からも生じます。本当の進歩派というのは、事実と法則に基づいて運動の目標を定めるものです。しかし、学問の段階でまだ真実が明らかになっていない段階で、勝手に、一方的な学説だけを受け入れ、それに対する批判的な学説は排除することは、歴史的にも、ルイセンコ・ミチューリン論争など、しばしば見受けられます。性差の問題もその1つです。

文化人類学者のマーガレット・ミードの部族社会での「男らしさ・女らしさ」の逆転例として、「女性の特性」というものが、社会的にのみ形成されるという証拠とされました。

1976年、パリでシュルロとモノーが企画したシンポジウムの記録があります。女性の運動家達が、性差があるということは、即、反進歩派というレッテルを張るという情勢の中で、この性差を真正面から取り上げたのです。モノーは有名な生物学者ですが、敢然と多分野の専門家に、それぞれの分野で解っている真実を語ることを選びました。この記録を翻訳したのが西川裕子氏らの中に、生物学サイドから協力したのが宇野賀津子さんです。

ジョン・マネーによって示された「双子の症例」も、大きな影響を与えたのです。これは、男の双子の男児のうちの1人が生後割礼時の事故により、ペニスを失い、性転換をする話から始まります。この症例に出てくるブレンダという名の女の子は、こうして育てられました。ところが、当初は成功したかに見えた性転換でしたが、思春期に達して性の混乱を強く意識するようになるのです。ジョン・マネーは、この事実を発表しませんでした。もちろん、プライバシィ保護という配慮もあったには違いありませんが、それなら、その前の「双子の症例」でも、この原則を貫かなければならないはずです。しかし、当時は、ヒラヒラした洋服を着た可愛い女の子の写真を見せていたのですから、それならそれで、原則を貫く方法があったはずだと私は思います。

ようやく、マネー仮説に異議を唱えたJ.ミルトン・ダイアモンドの論文、思春期以後の双子の症例の報告が学会誌に発表されたのは1997年 、17年後のことです。この経緯を明らかにした、ジャーナリストのジョン・コラピント著「ブレンダという名の少年」記録は、日本語に翻訳されましたが、この日本版については、2度目に出版されたときは、意図的なあとがきをつけて、ジェンダーフリー論に対する批判の材料にされてしまいました。

3.両極の空中戦

「性差がある」といえば、すぐそのまま「男女平等に敵対」とみなされた状況は、「低線量放射線の影響はさほどない」といえば、「原子力発電推進派」ときめつける感情論とよく似ています。こういう論理的には整合性のないレッテルをはるやりかたは、福島原発以後のびこっている世論の危うさを改めて痛感させます。そうすると、世論に迎合したゼロリスクとか絶対安全とかいった非科学的なスローガンだけが先行し、こういう世論に寄り添ったテーマだけが重宝がられるようになります。おそらく、放射線の危機を煽るおびただしい本が、書店にひらずみされ、ベストセラー入りしたのでしょう。こうして、学問的には成熟していないままに、世論に迎合するテーマにお金がばらまかれるようになります。学会自体も変質してきます。研究費配分を決定する主流派は、批判をする学説に関係するプロジェクトを排除するようになります。このとき、科学は、堕落し、その本来の精神を失うことになるのです。両極端の空中戦は、真の科学から程遠いところに論争を追いやることになるのです。

学会の動き、世論とのからみ、がどう学問の質を下げるかという1つの事例として、この経緯を見ることができるでしょう。それは、さまざまなことをを、私たちに教えてくれます。

同じ人間である以上、種として同じなのは当然であり、さらには、性差もあるのは当然です。そもそも、性差が100%あるかないか、などという質問自体が実はばかげているのです。それは、ゼロリスクとか絶対安全とかいう言い方が非科学的であるのと同じく、科学的な表現ではないのです。

そして、性差があるということだけで、女性の尊厳が傷つけられるというその考え方が間違っていると私は思います。むしろ女性の特性を生かして、科学の世界をより豊かにするためにこそ、その能力を発揮する道をさぐるべきだと、私は思います。

私は前から、女性の特性がどこで発揮されるか、それをしっかり見つめるべきだと思ってきました。

昨今の低線量放射線の生体への影響の論争は、どこかこの性差論争と同じ空中戦になっているようで、つらいなあ、と思うことしきりの今日このごろです。