2017年03月30日

高エネルギー加速器研究機構の伊藤英男さんから頂いたコメント(ブログ その61)

以下は、高エネルギー加速器研究機構の伊藤英男さんから頂いたコメントです。
低線量放射線障害については、極端に異なる評価があります。放射線の影響に対する評価と関わって、今、世論が2つにわかれている源もここにあります。皆さん混乱しておられると思われます。
現在、当NPOでは「低線量放射線検討会」を行っていますが、以下の伊藤英男さんのコメントはそれにも関連して重要ですので、ここにご紹介し、さらに、私のお返事を含めたやりとりも入れました。

以下のブログを参考にしてください。

科学的なデータと資料に基づいて、一人一人が放射能汚染と放射線障害から身を守りましょう(ブログ その48)で、放射線量(正確には実行線量と呼ばれるもので単位はシーベルト)の概算を、食品や飲料の放射能(単位はベクレル/kg)からどのように計算するかを紹介しました。

説明のための資料集:東日本大震災 ー 放射線リスク評価関連リンク編(ブログ その49)

同僚の研究者たちから、いろいろな形で情報を頂いています。上記ブログで紹介した放射性物質の放射能(ベクレル)から放射線量(シーベルト)をどれくらいに見積もるか、それはどう計算すべきか、これはは、大変難しいのです。若手の研究者である伊藤さんが、これだけいろいろな情報を送ってくださったことは、手を動かして検討してくださる真摯な若手の存在することの証明でもあり、心強いことです。 

******伊藤さんからのブログ48・49に対するコメント******

坂東様

こんばんは、KEKの協力研究員の伊藤です。学会等ではいつもお世話になっております。私も現象論ですので、何度かお会いしておりますが、おそらく私の顔は見覚えがあっても、名前は覚えていらっしゃらないかもしれません。突然のメールのご無礼をお許しください。

実は、ブログ48, 49の内部被曝の記事に関してなんですが、ここ数週間ICRPの勧告書等に眼を通して思ったことを一応念のためご連絡させて頂こうと思いました。眼を通して頂ければと思います。私の勘違いで、私の理解が間違っている可能性もありますので、その場合はご容赦ください。また、すでに承知されている情報でしたら、その場合もご容赦ください。

最新の2007年勧告では、各組織・臓器に対する内部被曝によるリスクを評価する際は、実効線量ではなく等価線量で見積もるべきである、と書かれていると私は理解しております。

ICRP pub.103 p.38より
「実効線量は、基準値に基づく防護量としての使用を意図した量であり、したがって疫学的な評価には推奨されず、また、個人の被ばく及びリスクの詳細で具体的な遡及的調査にも用いるべきではない。むしろ、体内動態を含む生物効果やリスク係数の最も適切なデータとともに吸収線量を用いるべきである。被ばくした個人のがん誘発確率を評価するためには、実効線量ではなく、臓器又は組織の線量が必要である。」

とあります。また、それに続いて

「組織反応の評価に対しては、実効線量の使用は不適切である。このような状況の下では、放射線影響評価の基盤として、吸収線量を推定し、適切なRBEを考慮することが必要である。」

とあります。RBEというのは生物効果比というもので、要するに

・低電離密度放射線(ベータ線やガンマ線)
・高電離密度放射線(アルファ線や中性子線)

が人体に与える影響の大きさの比を表す係数を考慮した吸収線量にてリスク評価しなければならないと理解出来ます。RBEは最終的に、放射線荷重係数の基になる数値で、吸収線量に放射線荷重係数を乗じたものが等価線量です。

ここで、ブログ48では、甲状腺へのリスクを評価しているように読み取りましたが、使われている線量係数は実効線量係数のため、実効線量でリスク評価を行なってしまっています。実効線量は私の理解では、内部の各組織・臓器のダメージを全身のダメージとして見積もった場合の線量なので、防護対策を策定する場合に有効なもの、という量です。従って、甲状腺へのダメージを実効線量で見積もった場合、リスク評価が約25分の1に過小評価してしまいます。ただし、これは甲状腺の組織荷重係数を最新の0.04とした場合のものです。

このような誤解(ただし私の理解が正しければ、ですが)はネット上にもたくさん転がっているのですが、その原因となっているのがICRP pub. 60の1990年勧告です。大概のネット上に転がっている文献では、公的機関のものであっても1990年勧告を引用しています。1990年勧告では、実効線量でリスクを評価する事が推奨されております。数年前までは実効線量で評価するのが正しいと考えられていた名残ではないでしょうか。たぶん、このような誤解に対する見解がブログ49の記事だと思いますが、現状でリスク評価が出来るのであれば、線量係数とともに評価の仕方を掲載しても良いのではないかと思いました。

ブログ48で例に上がっている被曝状況と同じものを私が等価線量で評価したものは以下になります。

・経口摂取の場合の16歳以上の成人の甲状腺等価線量係数:0.00032[mSv/Bq](値はICRP pub.71,72のものです)
・水道水のヨウ素131による汚染濃度:210[Bq/kg]
・1日当たりの汚染された水道水の摂取量:1[kg]
・摂取期間:1[year]=365[day]
とすると、約25[mSv]となります。

そして年摂取限度甲状腺等価線量はFAOや日本の食品安全委員会によると50[mSv]となっております。WHOは25[mSv]が緊急時の安全基準です。上記の計算はリスクを過大評価するような仮定をおいているので、成人は甲状腺がんの発がんリスクは低いと言えます。ところが乳幼児~15歳以下は約10倍リスクが高くなります。何故なら、甲状腺等価線量係数が約10倍高いからです。単純計算でリスク評価をすると、上記の数値を10倍すれば良いので、乳幼児~15歳以下の子供が受ける等価線量は約250[mSv]となり、危険水域を完全に上回ってしまいます。これは、実効線量でリスク評価した場合と比較すると、実効線量でのリスク評価が過小評価であることが分かります。

私が参考にした等価線量係数は、原子力安全委員会の資料にも載っています。

日本人は普段からヨウ素を摂取しているため、甲状腺に1割程度しか取り込まれないという話も聞きますが、私は医学的知識が無いのでなんとも言えない状況です。上記の見積もりから、乳幼児~15歳以下の子供はあまり210[Bq]という量の汚染を受けている水道水摂取し続けるのは好ましくないと考えられます。というリスク評価になります。ヨウ素131のように特定の臓器に沈着するような核種でなければ、実効線量での見積もりで十分なのかもしれませんが、ヨウ素131に関してだけは、私の理解では等価線量を使うべきだと思います。この数週間、特に子供を持つ女性の方からの非常に多くの不安の声を聞きました。上記のリスク評価が正しいものであったとするならば、あくまで概算量でしかないわけですが、それでも子供を守りつつ生活も守る1つの判断基準になるのではないでしょうか。

まだまだ余震が続いておりますが、何卒お気をつけ下さい。それでは失礼致します。

伊藤英男

******伊藤さんへのお返事******

伊藤さん

メールありがとうございます。内部被ばくについては、もっとも困難で、しかも、基準がさまざまゆれていますね。実は私もわかりかねています。とはいえ、スタンダードな計算をともかく載せたいと、梶野さんのご了解を得て掲載したということです。

ICRPの報告を詳しくチェックしていただき、ありがとうございます。ところで、以下の2つの線量の違いですが、結局、放射線は、体内への影響は、ほぼ「電離作用」として評価すべきだといっているのですか?きいたところでは、DNAを直接アタックするのよりは電離作用でいわゆる活性酸素の効果としてあらわれるのですかね?実はいろいろなところで、体内の影響はブラックボックスで、困っています。どの基準で何を取るべきかによって、基準値も変わってきます。

例えば日本が採用している最近の基準値は、風評が立つのは、情報を発信する側の責任である(ブログ その56)にも書いたように、オーダーが違ってきます。

本当を言うと、体内模型を作り、体質や年齢に合わせて、各々の放射性元素がどういう経路でどういうところで影響を及ぼしながら体外に排出されるのか、それを見積もる必要になってきます。

ヨウ素についての係数1つ見ても、年齢別の係数が書いてあったと思いますが、梶野さんの計算では同じとして計算していますので、ちょっと引っかかっています。

坂東昌子

******伊藤、坂東の質問に対する回答(4月13日)******

質問: ところで、以下の2つの線量の違いですが、結局、放射線は、体内への影響は、ほぼ「電離作用」として評価すべきだということですか? きいたところでは、DNAを直接アタックするのよりは電離作用でいわゆる活性酸素の効果としてあらわれるのですかね?

答:ICRPの勧告書以外にも、医学書の類も読んでみました。といっても、かなり薄く簡易に書かれているもので、

・緊急被ばく医療テキスト(前川和彦著、青木芳朗監修)

です。前川氏は関東中央病院院長で東大名誉教授、青木氏は原子力安全研究協会放射線災害医療研究所長であり元・原子力安全人会委員長代理だった人なので、信頼性のある本だと思います。ただ、今日はちょっとあまり細かく読んでいる時間がありませんでしたので、少々大雑把にしか読めていませんが。この本によると、放射線が人体に吸収された場合、

「粒子線では飛跡に沿って高い密度の電離事象が分布する。(中略)弾き出された電子はさらに周辺分子の電離を行う。このようにしてできるラジカルのなかで水分子から生じるものは反応性が高く、DNAなどと反応して損傷をもたらす。損傷の生成は、放射線が通過する細胞内の物理的および化学的過程によって一義的に決まる過程である。」

とあります。ですから、活性酸素等のラジカルによって損傷を受けているというのが現在、というかこの本が出版された2004年末当時の医学的な理解であると判断出来ます。また、放射線の生物影響の研究の中で、上記の衝突に関する物理過程は最も理論構築が完成されているとも書かれています。それ故、線量と線質が決まれば、生物影響の質と程度も一義的に決まると考えられているそうです。それを踏まえて、

「損傷の量と質を決定する物理・化学仮定の重要さは言うまでもないが、最終的にもたらされる生物影響の質と程度は、以下で述べる修復、アポトーシス、突然変異などの生物過程によって決まる。」

とあります。ちなみにアポトーシスとは、寿命を迎えたり損傷した細胞を殺して排除する過程のことです。この後はこの本はずっとラジカル等によってDNAが受けた損傷によって細胞がどうなっていくのか、という話が延々と書かれています。

これを踏まえると、ラジカルを生成する電離作用こそが、各組織・臓器への影響を考える場合に重要になってきます。ラジカルの生成は受けた放射線量が多ければ多いほど、そして高電離密度放射線であればあるほど上昇するので、組織に対する影響を見積もる際は、等価線量で見積もることが妥当であると考えられるのではないでしょうか?

以下、その後に書かれている内容の簡単な説明です。

細胞が損傷を受けた場合、損傷を受けたことを検知する機構、損傷が検知されたことを伝えるシグナル機構、シグナルを受けた際に修復作用を促す機構、という3つの機構によって細胞は正常状態を保つようになっているそうですが、まず最初の検知する機構に関しては実態はまだよく分かってないと書かれています。細胞分化は4つの段階に分かれているそうですが、そのどの段階に被ばくしたかによって、どのような修復機構が働くかは違っており、どの段階での損傷だったのかをチェックするチェックポイント機構なるものが存在しているようです。しかし、修復機構は完全ではなく、突然変異を生み出すことがあり、これが細胞をがん化させる要因となります。

ですが、

・DNA二重鎖切断→突然変異→がん

という流れは直接的機構と呼ばれているようですが、白血病はこの機構によって起こっていることを示唆する実験結果があるものの、被曝者の固形がんに関しては、長い潜伏期が存在するため、それに関わる突然変異が被曝時に出来たものかどうかは非常に疑わしいため、間接的な発がん機構の存在を考える根拠となっているようです。また、放射線照射した培養細胞は、染色体異常や遺伝子突然変異を起こす頻度が、被爆直後だけではなく長期に渡って上昇するということが確かめられているそうで、これをゲノム不安定性と呼ぶそうです。これによって長期的に変異頻度が上昇する事で、多数の突然変異からがん化へと進むなど、いくつかの間接的がん化機構がある可能性が示唆されているそうです。最終的には、

「放射線発がんの機構は、単に放射線があたったからがんになるといった単純なものではなく、その解明には今後まだまだ多くの研究課題が残されている。」

と締められています。

基準値の違いについてはまだちゃんと調べていませんが、チーム中川のブログに日本の基準値の策定についての記述があります。

昨日私は甲状腺等価線量の年摂取限度を50mSvとしましたが、日本の基準もICRP pub.63の年摂取限度50mSvが基になっているようです。一応、高度情報科学技術専門機構のページでも、チーム中川ブログと同じ基準値の求め方に対する説明が書いてあります。

というところでしょうか。

******坂東の返事(一部) Re: ブログ48, 49の線量係数について(4月13日)******

伊藤さんへ

非常によくわかる説明ですね。大変参考になります。実は、こちらでも今勉強会を立ち上げていてもっとも物理屋と医学生物屋で、感覚の違いがあるのがこの点の認識でした。

実はこちらの勉強会に、吉川研一研究室の若手(今度M1と研究員)が出席してくれています。彼は、今実験を始めているのですが、放射線が直接2つの塩基を切断するプロセスと、周囲をイオン化して塩基を損傷させるプロセスでは、メカニズムが違うわけで、従ってエネルギーの依存性が異なります。どちらかによって、低線量域の評価も違っています。びっくりしたのはこういう研究はまだまだ明確なデータが出ていないということです。それは低線量(1Sv以下)では、殆ど測定ができないそうで、教科書にも、このところがあいまいなままのようです。もし電離作用がメインであるとすると、このときのDNAがおかれている環境によって、修復作用が全然違うのでインビトロの実験(物理屋はこの実験でいいと思っている場合が多いのですが)は、実際の生体内(in Vivo)とはかなり違っているらしいです。物理屋さんは、いつも、できるだけ周りの環境に左右されない実験状況を作り出して、そこでピュアな実験をすることを重視します。生物は生き物、当たり前ですが、周りの環境で随分結果が違ってくるわけです。このあたりの感覚が、生物屋さんと物理屋さんで随分違うのですね。

こういう勉強会をしていると、生物のしたたかさを改めて痛感します。