2017年07月22日

女性研究者のネットワーク(ブログ その7)

昨年から今年にかけていくつかの女性研究者に関するイベント(神戸大学男女行動参画推進室のメンターアワード2009受賞報告会 ならびに京都大学女性支援センターシンポジウム「女性研究者支援 ‐次のステップにむけて‐」、それに、京都大学で発足した、女性研究者のための、たちばな賞受賞された延與佳子さんのお祝い会などに参加していろいろと思うところがあり、お伝えしようと思いつつ、今日に至っています。これは、NPOが認定されるのが意外に早かったこと、それと、教員免許状のe-learning教材作りを若手と取り組んで意外に時間がかかったことも原因でした。こうした忙しい日々のために、延び延びになっていました。

最近、女性研究者の会で、熱い議論をさせていただいている沢山美果子さんと、偶然なきっかけで、科学としてのジェンダーということについて議論を再開しました。
「性差の科学」(ドメス出版)を、赤松良子先生(元文部大臣)や長谷川真理子さん(進化生物学)、それに愛知大学で同僚だった功刀由紀子さん(生化学)と、ご一緒に議論をしたころが思い出されます。また、京都大学女性研究者支援室と、再び「性差の科学」の連続研究会を企画して足かけ2年になります。この夏には、かの有名なハワイ大学のダイアモンド博士を招いた講演会を、女性研究者の会京都が中心になって行います。こうしたなかで、沢山さんの「科学としてのジェンダー学」の議論ができることはとても勉強になります。
 
そのメールの交換の中で、沢山さんが、2008年11月に名古屋大学でひらかれた「日本科学者会議第17回総合学術研究集会」の分科会「女性研究者・技術者の発展に向けて」の報告を岡山JSAの報告として書かれたものをいただきました。ネットワークの大切さをしっかりと書かれており、ご紹介させていただくことの許可を得て、私のブログで報告させていただくことにしました。

沢山さん、ありがとうございます。ぜひとも、このネットワークをさらにたくさんの仲間と共有したいと思っています。びになっていました。

 

***** 沢山さんの文章 ******

女性研究者のネットワークが未来を開く
― 17総学「女性研究者・技術者の発展に向けて」に参加して ―

沢山美果子(岡山大学大学院社会文化科学研究科客員研究員)

昨年の11月23日、名古屋大学で開かれた「日本科学者会議第17回総合学術研究集会」の分科会「女性研究者・技術者の発展に向けて」に参加し、「私の『生きることとジェンダー』」と題して報告をおこなった。ここでは、この分科会で語られた坂東昌子さんの「未来を開く女たちのネットワーク」と題する講演から学んだこと、そして私自身がおこなった報告内容によせられた若手研究者の感想をめぐって考えたことを記してみたい。
 
坂東さんの講演は、実にエネルギッシュで魅力的なものだった。これから自分が、どのように女性研究者として生きていくか、そのモデルを示唆してくださるような内容だった。坂東さんの講演のポイントは二点。一つは、科学技術の矛盾は、女性にまず表れるが、だからこそ、女性研究者はどのようにして道を切り開くのか、そのすべも身につけてきたということ。もう一つは、科学精神は「立場の違いを乗り越えられる」、しかも少数派であっても、ネットワークを作れば新しいことができるということ。
 
坂東さんは、女性研究者の仲間のなかには保育の理論家もいるという強みを生かしながら、保育所を自分たちで創り、分野や地域を越えた仲間作りをおこなうなかで、未来の子どもを育てる保育所作りに取り組まれた経験、あるいは物理学会のなかでおこなった調査をもとに、確実なデータの裏づけをもって、業績があるにも関わらず女性研究者たちが職につけていない実態を国に示し政策を変えさせた経験を話された。さらに、女性たちは、一見、研究に関係のないことに時間を取られたり、就職したとしても、専門とはまったく関係のない職場で専門以外のことを教えねばならず、また多くの雑用もしなければならない立場におかれている。しかし、それは、見方を変えれば、経験のなかから生まれる新しい発想、視点を科学の中に持ち込める可能性があるのだということを、ご自分の職場での経験として語られた。ネットワークをつくりつつ、身をもって切り拓いてきたご自身の生き方として語られるお話は迫力があり説得的で、ネットワークと理論化の重要性を感じた。
 
私の報告は、中堅以上の研究者の院生時代からの経験を語ってほしいという依頼にこたえて準備をしたものだが、参加者からは、院生時代の活動など、先輩たちが若手時代にどのように取り組んだかの話が聞けてよかった、あまり先輩の経験を聞く機会がないのでといった感想、また志の大切さが心にしみたといった感想がよせられた。たんに忙しいだけなら、忙しさを味方につけることも出来る。また、なんとかやりくりして乗り越えることも出来る。しかし、研究が正当な位置を与えられず、教育をするためには研究は不可欠という当り前のことが認められない職場のなかでは、研究への「志」そのものを萎えさせられる。そのなかで「志」を持ち続けることができた原動力は女性研究者のネットワークにあったという私の話に対して若手研究者から寄せられた感想は、現在の職場の厳しさ、そして任期付講師など任期終了後の保障のない職場におかれた若手研究者の孤立化を物語る。
 
ところで、女性研究者に関する事業として、2006年から文科省による「女性研究者支援モデル育成」がはじまった。名古屋大学の院生の方の「女性研究者支援施策と大学関係保育所について―名古屋大学における保育所づくりー」と題する報告は、このプロジェクト型資金による事業の中で、保育をはじめとする諸事業が継続されるかどうか、今後の動向を注視する必要があることを指摘するものであった。
 
実は私も、昨年、そのモデル育成に採択された、ある大学に招かれて講義をしたが、この事業の矛盾を感じずにはいられなかった。プロジェクト型資金によるこの事業では、教員も期限付き。プロジェクト終了後の保障は全くない。プロジェクト担当の准教授の方は、公募で採用され、短大や専門学校での非常勤職をやめて着任し単身赴任の生活を送っているとのことだった。しかし、期限終了後の保障はまったくなく、自分で新たな職を開拓しなければならないが、非常勤の職すら得られるか、その保障もないとの不安を訴えていらした。また急に採択が決まったので、講義計画を練るゆとりもなく、ただ資金はあるので、全国各地から教員を非常勤によぶ。しかし、シラバスにものせるゆとりがなかったため受講者は10人に満たないという、いかにも急ごしらえの講義のありかたであった。
 
こうした現実をみるとき、表面的には、女性研究者の支援が進んでいるかのように見えるが、現実に女性研究者全体の地位や職場環境が改善されているかというと疑問を感じざるを得ない。そうした中にあって、今回の分科会のような、世代と専門分野を超えた交流をおこなっていくことは、むしろ、いっそう重要になっているのではないかと思う。岡山女性研究者連絡会の例会では、早速、17総学に参加した白井弘子さん、笹倉真理子さん、そして沢山が参加報告を行うとともに、各自の職場の状況を出し合い、女性研のようなネットワークこそが、一人ひとりを励ますことを実感した例会となった。