2017年12月16日

若者たちの活躍(ブログ その131)

NPOを立ち上げようと、名誉会長でもあり大学時代からの同級生で、大学院も物理教室でもご一緒だった佐藤文隆さんと話し合ったのは、2007年のことだったと思います。

私は当時、日本物理学会会長をしており、(任期:2006年9月~2007年8月)、いろいろと佐藤さんにも相談に乗ってもらっていました。
私が一番当時やらなければと思っていたのは、ポスドク支援でした。物理学の分野では、腕のいい優秀な博士号を持つ研究者がいるのに、正式のポストに就けず、不安定な身分で研究に励んでいる若者がたくさんいました。
博士号を取った後ということでこれらの身分を「ポストドクター(略称 ポスドク)」と呼んでいます。この人材を生かすため、物理学会は、学会として唯一文科省のポスドク支援事業に採択されて、活動を開始していたころでした。
支援事業は3年間、「そのあとはきちんと事業を続ける仕組みを考えること」と文科省からも言われておりました。ちょうど定年も迫ったころでしたので、そのうち支援のためのNPOを立ち上げようと計画を立てていたのです。
もちろん、物理学会自身も、当時立ち上げた「キャリアセンター」は活動を続けていますが、もう少し具体的なキャリア支援を関西で始めようと、佐藤さんと相談していたのです。

久しぶりに、当時のメールを見直してみると2007年の連休あたりに話し合ったようです。このころ、NPO法人設立関係のメールがたくさん行き交っています。「設立趣意書」や「定款」など法律的な裏付けも必要なので、法律をよく知っている息子にも手伝ってもらっていろいろの書類を整え始めていました。
2007年夏には、キャリア支援のイベントとして「科学としての科学教育」というシンポジウムを基礎物理学研究所で開きました(これが科学としての科学教育シンポジウムの始まりでした!)。そのとき、「NPO設立準備会」を開いて皆さんに相談したりしました。経済的基盤がしっかりしていないとだめだよというわけで、金沢大学におられた鈴木恒雄さんが立ち上げたベンチャー企業「金沢電子出版」のプロジェクトである「教員免許状更新 eーラーニング」(今もこれを引き継ぐe-TAMAGOに、当あいんしゅたいんも参加しています)の教材づくりを始めたり、様々な面からの準備が必要でした。

そのなかでも、「親子理科実験教室」は初めから取り組んでいました。
もちろん、これは、子どもたちの科学の心を伸ばすという目的があったのですが、同時に、博士を持つ人材が、大学だけでなく学校の先生として活躍することが、科学教育の観点からも必要であるという思いから、キャリアセンターで取り組んだ課題でもありました。
考えてみると、私も高校時代に、当時先生からWhitteckerの分厚い本「Modern Analysis」をいただいたり、「不思議の国のトムキンス」(ガモフ著)を紹介いただいたりと、ずいぶん刺激を受けたのですが、今から思うとドクターを持つ先生たちで、ちょっとはみ出して受験勉強を離れていろいろの話をしてくれたことを思い出します。

話がそれました。その時始めた「親子理科実験教室」も、すでに、その後加わった「おもしろ算数塾」とあわせると80回を超えました

普段は、理科実験のベテランの先生方にお願いして講師をお願いして行うものですが、せっかく理学部で行うのだからと、当時の京都大学理学吉川研一研究科長が応援してくださり、学生や大学院生が「お手伝い」に入る費用を出していただいたのです。
このお手伝い(今は”Assistant Teacher”を略してATと呼んでいます)というのは、実は単なるお手伝いではなく、そこで科学教育の実践をしながら、コミュニケーション能力を身に着け、科学普及のための活動も研究と同時にできる研究者の養成、あるいは将来学校の先生になる道を選べる若者を育てようという意味合いもあったのです。

親子実験教室の様子はHPにいろいろ出ておりますが、グループごとにATがつくので、子どもたちは何でも聞いて教えてもらえることがとても楽しそうでした。「ここは天国や。何を聞いても怒られない。喜んで教えてくださる。」とATと仲良しになった子どもたちも多く、一緒に撮った写真を送ってくださったり、お手紙をくださったり、ATが京大を出t就職した後でも文通を続けている子どもたちもいるのです。

ところで、そのうち学生たちが、「自分たちで企画した実験教室をやりたい」という声が上がりました。ベテランの先生と違って、自分たちでとにかく企画し、検討し研究を重ねて企画をしたいというわけです。そういう意欲はとてもうれしく「それでは、とにかく夏の企画として一度やってみますか?」ということになりました。とはいえ、今までの蓄積があるわけではありませんから一からの出発です。

4月から集まってブレーンストーミングを行い、「何をやるか」をみんなで考え、それから準備するのです。結構時間と材料費なども要りますが、これを支援してくれたのが日本物理学会京都支部でした。
時にはベテランの先生を読んで講義をしてもらったりしながらです。もちろん、あいんしゅたいんもなけなしの資金からこれを支援することにしたのです。

ところが始めて見ると、素晴らしい取り組みであったことがだんだん明らかになってきました。
みんな学問をやろうとする意気に燃えた学生や院生ですから、次々と新しい実験道具を生み出し、若さを武器として子どもたちに教えることに喜びを感じてくれるのです。それに、ちょうど子どもたちと先生の間ぐらいの年齢の若者たちですから、親近感もあり、気持ちも通じやすいのです。

そして、7月ごろになると、我が家の孫たちの友達を誘ってきてリハーサルもやります。だんだん、孫たちも大きくなっていくので、今は女性研究者のランチ会(この事務所でやっています)の子育てママさんたちのお子さんにお願いしたりしていますが。
そして、そこでまた反省点を修正して当日に持ち込むのです。若者らしく、いろいろな試みを大胆に持ち込むので大騒ぎですが、これは大成功でした。
「これなら2日間の行事が組める」ということになり、その翌年からは、夏の特別企画として2日間の親子理科実験教室を、若者たち主催で開くのですが、これがなかなかの評判になっています。そして面白いことに、学生たちの個性に合わせて、毎年違った面白さがあるのです。

※ これまで行ってきた学生企画の実験教室

2013年:圧力を、目て見て、そして体で感じよう!!
2014年:まだまだ終わらない!!夏を楽しむサイエンス
2015年:時をかける科学者…2015年の旅
2016年:そうだったんだ!不思議で便利な動き

今年(2016年)の呼び掛けには

皆さんは「動き」について考えたことはありますか? ロボットのような不思議で難しい動きや、木から落ちるリンゴのような簡単な動き、自動車のように便利な動くものなど、私たちの身の回りにはいろいろな「動き」がありますよね。今回はそんな普段の生活に何気なくありふれている「動き」に注目してみましょう。

とあります。若い人たちの意気も年々盛んになってきて、だんだん、グレードアップしていて、さすが伝統ができてきたなと頼もしい思いで見ています。

なぜそんなに評判がいいかというと、みんな若いのです。そして、今まさに研究を始めよう、学問を楽しもう、という心意気が見えるからではないでしょうか。まあ、発展途上である強みが生かされているのです。内容もレベルが高いと誇れると思います。
来ておられるお父さんやお母さんも、「こんな風にして研究が始まるのだよ」というメッセージが伝わるので、「研究ってこんな風なんですね」と感動して言われるのです。また、「失敗してもいい、それを乗り越えて、失敗の原因を分析し、しぶとく粘って成功させる」、そんな意気込みが伝わってくるのです。

今思い出しても、どれも素晴らしい出来栄えで、たった1年で終わるのはもったいないし、教材もいっぱい作っているのにな、といつも残念に思っている私です。
せめてと思って、毎年理学部と日本物理学会京都支部とで「科学としての科学教育 実践編」というタイトルで、シンポジウムを開いて、報告を若者たちにしてもらっています。

今年も12月23日に京都大学セミナーハウスで行うことになっています(シンポジウム 科学としての科学教育 2016実践編 「そうだったんだ! ~ 不思議で便利な動きのしくみ ~」)。興味ある方はどなたでもご参加ください。午後2時からはじまります(この日は午前中に「親子理科実験教室」が開かれます)。

ところで、今年はちょっと面白いことがあります。それは、学生たちから「せっかく教材を開発したので学校の先生方にキットとして提供できるようにしたい」という提案がでて、「教材プラットホームをつくろう」と吉田君・竹谷君・中川君がチームを結成したのです。そして活動を開始しています。

その勢いで例年開かれている国際学生シンポジウムにこの提案を出してみようと、コンクールに申し込みました。コンクールは英語で発表するのですが、オーラルトークに選ばれたのです。
そこで、当あいんしゅたいんのプレゼン道で名高い松田卓也副理事長にお願いして、発表の練習も見てもらいました。竹谷君と吉田君、どちらも一生懸命作ってきたのですが、松田さんに、コテンパンに言われて書き直しましたが。
実はこの時、松田さんは、「まあ、僕は誰にでもコテンパンに言うのでね。坂東さんも1年前、アメリカ物理学会で、しかも素粒子原子核でなく、放射線物理学の発表をするというので、初めの練習でコテンパンに言ったよね。」という慰めとも何とも言えないことをおっしゃっていました。
あの時、アメリカで開かれる物理学会といっても、分野は全然違うので知っている人もいなくて、まあ、新参者の私が発表するのですから、大変でした。それで見てもらったのですが、おかげで、すぐに反応してくれる人がいて、練習したかいがあったというものでした。しかし、サポートして中川君も含めて、そして周りの仲間も含めてほんとに素晴らしい若者たちです。

で、ナント!素晴らしいではありませんか!

竹谷君 ・・・・最優秀賞
吉田君・・・・・IBM賞

を獲得したのです。うれしかったですね。この時の講演の動画も、シンポジウムでお見せするということです。

もっといいのは若い人(大学院生が多いですが、学生も来ます)が、実験教室の準備をしながら、自分の研究についても話が飛び出して、それが議論になって夜遅くまで学問の話が続くこともあります。
たまには、新聞記者も朝まで付き合って帰っていくこともありました。いつも賑やかな事務所で、やっぱり若い力はすごいなと思うこの頃です。
これは、ある日の朝まで議論したときの写真です(時計が朝の7時前を指していますね!)若者がこうして成長していく姿をみると、自分の年など、忘れてしまいます。