2017年04月24日

分子生物学と生命の進化‐宮田隆先生と学問の系譜(ブログ その125)

来たる11月5日から7日まで国際研究会が開かれます。プログラムなどはこちらから見ることができますし、この研究会の趣旨の詳しい説明はこちらにあります。

この研究会の準備の段階で、講演を依頼した宮田隆先生とメールで何度も往復して議論いたしました。私にとっては、国立遺伝研の太田朋子先生とともに多くのことを学ばせていただいたので、そのわくわくしたお話を皆様と共有できればと思います。これまでにお付き合い願った太田先生との議論も、私にとっては感銘が深いのですが、それはまた別途ご紹介します。太田先生は、この研究会でトップ講演者としてお話願うことになっています。

以下のやり取りから分かるように、残念ながら、宮田先生には今回研究会にはご出席がかなわなかったのですが、しかし、私がこの往復書簡を通じて得たさまざまな情報は、この研究会の内容をじっくり掘り下げるため価値があるものと思っています。〔以下、Bは坂東・Mは宮田先生です〕。

「学問の系譜」研究会からほぼ10年!(B→M 2015年10月14日7月29日)

宮田先生

随分前になりますが、2006年11月16日から18日まで開催した「学問の系譜」研究会でお世話になった坂東です。基礎物理学研究所が、生命科学を物理学の視点から研究するという先進的な取り組みを知り、しかも宮田先生もこういう中で「オス駆動説」のようなすばらしいアイデアを出されたことを知って、お話願ったことを思い出します。その記録は http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN0021948X/ISS0000348816_ja.html に出ております。しかし、振り返ると、当時の私は、生物に関しては、学部学生の自然科学概論で教えるレベルの知識しかありませんでした。

ところが、3月11日以後、放射線の生体影響をめぐって生物屋さんと議論の機会が増えました。そして、数量的な計算ができる状況ではないことを痛感し、物理の立場から、放射線という刺激に対する生体反応の数量化を目指そうと苦心惨憺してきました。

まず、刺激に対して突然変異がどのように起こっているかについてのミュラーのショウジョウバエの実験やラッセルのマウスの実験から検討を始めました。これで気がついたのは、生物学の皆さんは〔分子生物学者も含めて) 「生物は多様だからそんな数理モデルで簡単に分かるはずがない」という反応でした。微分方程式をみると「そんなもんわからん」といわれる始末でした。そんななかで、偶然に昔の宮田先生の解説や木村資生先生、太田朋子先生の本などをよんでみると、いかにすっきりした議論が展開されているかを知り、共感を強くした次第です。

前置きが長くなりました。そんなわけで、宮田先生の解説はとても勉強になり、また共感を持てるかを感じています。このような立場から考えると、現在云々されている低線量、長期照射の生体への影響について、あまりにも定量的な議論がなされず、「LNTか閾値があるか」という論争だけが目立っています。しかも、政治に翻弄されたリスク評価がなされていることに、愕然としている次第です。ヨーロッパでは科学的知見をできるだけ明確にしようというビッグプロジェクト(MELODI)が走っているのに、日本では福島を経験したにもかかわらず、除染ばかりにお金をかけている状況は困ったものだと、国際的にも憂慮されている昨今です。この状況を突破するには、この分野に若い人たちが魅力を感じるようなプロジェクトを立ち上げないといけない。そういう思いで、今いろいろと模索しているのです。そういうなかでの1つの試みとして、基研で「生物を物理学的視点から探索する」という方向での議論ができる研究会を企画しました。この研究会は、私達の目標のきっかけになるような質の高いものにしたいと考えています。領域横断的な視点を持ちつつ、ご自分の分野で新しい視点を持ち込まれたお話は、きっと若い人に刺激になると思います。私自身も先生のお書きになったものを読み直して興味をそそられています。この分野では太田朋子さんがまずお話して下さることになっています。お願いできないでしょうか。

坂東昌子

 

Spontaneous mutation と進化速度(M→B 2015年7月30日)

ご丁寧なメールありがとうございました。基研でのシンポジウムにご招待頂き大変恐縮しております。

せっかくのお誘いですが、残念ながら、ご辞退させていただこうと思います。私はすでに現役を引退しており、研究から離れております。そのため、最近の事情に精通しておらず、自身の新しいデータもまったく持たない状態です。最近の研究のバックグランドがないため、現役の方々とお話をする自信が持てません。むしろ、若い方に譲るべきと考え、 辞退させていただきました。大変申し訳ございません。

シンポジウムの成功を陰ながらお祈り致します。

宮田隆

 

(B→M 2015年7月30日)

宮田先

生お返事ありがとうございました。お気持ちはよく分かりました。とても残念ですがあきらめます。ところで1つだけお伺いしてもよろしいでしょうか? 分子時計の話で、先生は、この種を超えて変異率が一定なのは、変異が世代数によらないので、自然放射線の影響と考えると整合性がいいように書いてありました。しかし、自然放射線の影響は、どれくらいかという推定が以下のように可能です。

ショウジョウバエの精子〔ミュラーたちの実験)や マウス(ラッセルたちの実験)の放射線を当てた実験から得られるコントロール(spontaneous mutation)と比較すると、およそ年間1~10Gyの照射と等価です。それに比べると自然放射線は年間1mGyのオーダーなので、自然変異率を説明できないという推定ができます。そうすると自然放射線で進化速度の一定値を出すのは3桁以上の違いがあるように思います。前から気になっているのですが、もし何か教えていただけるととても助かります。それと先生たちの先進的なお仕事、オスとメスの違いを用いた進化の駆動説とても興味深いです。

もし、もうこのようなことを考えるのはうんざりとお思いでしたら無視してください。最近この分野を始めた私のような新参者には最も親しみやすく感じた分子進化学ですので、つい、お聞きしたくなりました。

それではまたいつかもっと一般的なお話をするときはぜひ、教えていただきたいです。今後ともよろしくお願いします。

坂東昌子

 

分子時計の話(宮田→坂東 7月31日)

坂東先生

メールありがとうございました。ご期待にそえず、申し訳ございません。ご質問にお答えしておきます。

1)まず、突然変異について注意すべき点は、一般に進化で扱う突然変異は、遺伝することが必要ですので、卵あるいは精子といった生殖細胞に生じた突然変異を問題にします。ただ、放射線医学のような場合では、「遺伝」もあるでしょうが、体細胞の変異が問題になるのではないでしょうか。その場合は、進化の知見がそのまま通用しないかもしれません。

2)「分子時計」は変異率が「年」あたり一定であると主張します。配列を異なる種間で比較し、置換数kと比較した種が分岐した時期T(年前)が近似的に比例関係にあるというのが分子時計です。分子時計はズッカーカンドルとポーリングが発見したものですが、分子進化学の初期には大変影響のあった発見でした。分子時計が成り立つには、突然変異率が年あたり一定であることが必要です。従って、もし分子時計が一般に成り立つ法則なら、突然変異の主要因が「放射線」なら矛盾しないことになります。しかし、分子時計は一般には成り立っていないことが後に分かってきました。従って、突然変異率は「年あたり」一定ではないというのが一般的です。

3)遺伝子の塩基配列を異なる種間で比較すると、1塩基置換によってコドンは変わるが、アミノ酸を変えない「同義置換」を観測できますが、同義置換速度は異なる遺伝子の間で近似的に一定です。しかし、核の遺伝子とミトコンドリア遺伝子、あるいはウィルス遺伝子の間で同義置換速度を比べると、それらの値の間では桁が違ってきます。もし、放射線が突然変異の主要因なら、核にも、ミトコンドリアにも、ウィルスにも一様に注ぎますから、同義置換速度がこれらの間で等しくなると期待されます。三者の間で同義置換速度が違うのは、主にDNAの複製速度の違いによると考えることが可能です。そこで、進化に寄与する突然変異は生殖細胞の分裂数(DNAの複製速度の違い)に比例すると仮定してみたのが、私の「オス駆動進化説」です。突然変異率が生殖細胞の分裂数に比例すると仮定すると、一般に、精子の分裂数は欄の分裂数より大きいので、「オスが進化を先導する」という仮説が生まれるわけです。従って、分子時計では、進化に寄与する突然変異は、例えば、放射線のようなものが主要因だと思えば説明可能だというわけです。一方、「オス駆動進化説」では、進化に寄与する突然変異は、生殖細胞の分裂数に比例するというわけです。

少し長くなってしまいましたが以上です。昨年一月に、「分子からみた生物進化」という一般書を出しました。お持ちでなければ、よろしければ、謹呈させていただきます。

宮田

 

エピジェネティクス(B→M 7月31日)

宮田先生

お返事いただきありがとうございました。やっぱりそうですか。宮田先生のオス進化駆動説はどうみても、増殖回数に関係しているので、分子時計とは異なるなあ、と思っておりましたが、どこまで分子時計という概念が正しいのか、よく分からなくて困っておりました。オス駆動説は面白く拝見しました。そしてニワトリとの比較で、この説の正しさを証明したというところなどは、なかなか鋭いなあ、と思っていました。こういう新しい分野を切り開いた方のお話は面白く、わくわくします。このたび、放射線の低線量影響の研究を始めて、昔教養で読んだのとは違った世界にいるような気分を味わっております。ありがとうございました。先生が切り開いてこられたお話をしてくだされば若者たちはそこにロマンを感じてこれからこの分野を切り開いてくれるような気がするのです。ちょっとでもいいのでコメントをいただくことはできないかと、またまたその気持ちが湧き上がってきます。

先生のご本を署名入りでいただけるとのこと、宝物です!ついでに、もうひとつ質問してもいいですか?

系統樹のお話をするのに、データとして使っているのは、たんぱく質のアミノ酸置換をカウントしているようなのですが、どうしてDNAレベルの置換を問題にしないのでしょうか。

ここに出入りしている学生にきくと、最近流行のエピジェネティックスでは、DNAのメチレーションにより、表現系でかなりの差が出てくるのだが、「メチレーションが起こったということはDNAが変化したことにはならないのか」ときいたら、「今勉強したばかりなのでよく分からないけど、遺伝子の変異とは言わないみたいです」といっていました。一体変異とは何か、よく分からなくなっています。そもそも、環境が影響するのは、DNA情報は同じでも、周りの環境による表現形の変化は次世代には伝わるはずがないと思っていたのですが、どういうことか、これもよく分からないです。木村資生先生の本には「獲得形質の遺伝は自然科学の基本を踏まえない「信念」が先立っている」とありますが、最近のエピジェネはどこかそういう匂いがするような気がしていてもやもやしています。でも、やっぱり教えてほしいです! ありがとうございました。

坂東昌子

 

遺伝子・アミノ酸・塩基の階層(M→B 2015年7月31日)

坂東先生

系統樹の推定に使うデータとして、アミノ酸配列を使うか、塩基配列を使うか、の問題ですが、進化に関する情報量の問題です。あるアミノ酸が別のアミノ酸に変化したか、あるいはある塩基が別の塩基に変化したか、を1、0で表すと、アミノ酸配列を使っても、塩基配列を使っても大差はありませんが、進化の過程でアミノ酸が変化する時にあるパターンがあることが知られています。アミノ酸の物理化学的性質が似ているアミノ酸間では変わりやすく、似ていないものの間では変わり難いという性質があることが知られています。変わりやすさの程度が定量化されています。この性質を使うと、より厳密に系統樹の推定が可能になります。そのため、わざわざアミノ酸配列に直して系統樹を推定します。もう一つ、塩基配列はコドンの並びですが、あるコドンの塩基を変えると別のコドンになりますが、その場合、アミノ酸が変化する場合(アミノ酸置換)と変化しない場合(同義置換)があります。

両者を対等に扱うことは適切ではありません。前者はタンパク質の変化を表しますが、後者はタンパク質の変化を伴いません。そのため、後者は進化の過程で速い速度で変化します。一方、前者はゆっくり変わります。また、タンパク質ごとに進化の速度が異なります。二つの性質の異なる量を別々に扱う必要があります。両者を分離するためにアミノ酸配列に直すわけです。遠縁の生物間の比較には、進化速度の遅いタンパク質を、近縁の生物の系統樹には速い進化速度のタンパク質を使えばよいわけです。

最近のことは分かりませんが、エピジェネチックスに関しては、分子進化の分野ではまだ取り扱われていないのではないかと思います。現役の方に伺ってみます。