2017年04月27日

事前討論

今中氏の質問回答について(事前討論 No. 7)

今中氏の回答を公開するにあたって、今中氏から「あのQ&Aの中で、私は沢田先生の説を批判しています。それで、沢田先生の側にも反論なり弁明なりのチャンスがない形で、ただ私の意見のみが表にでるのはまずいような気がしています。坂東さんの方でその辺の配慮をお願いします。」ということでした。
そこで、再度沢田氏に今中回答文をお送りし、ご意見を伺いました。
以下、そのまま掲載させていただきます。私どもとしても、これ以上沢田氏に質問する必要はないと考えますので、これで議論は打ち切らせていただきます。

Q2 沢田氏の内部被曝説について、今中さんのご見解をお聞かせください。
     
A2 ●  沢田先生と私との関係ですが、沢田先生とは彼が『内部被曝説』をとなえ始めて以来何度も議論し、『個人的にはrespectしているが、彼の説はsupportしない』という関係にあります。
  ●  私流に言わせてもらえば、『遠距離で認められた脱毛や下痢は急性放射線障害であった』という仮説に基づく議論です。仮説の上にいくらりっぱな建物を作っても、仮説の確かさ以上にしっかりした建物にはなりません。
  ●  私は『Dosimetry屋』なので、沢田先生にはいつも『では、どういう放射線核種がどれだけ地表沈着して、人々がどの核種をどれだけ取り込んだのか』と聞いていますが、キチンとした答えはもらっていません。私の直感では、内部被曝で急性症状が出るくらいの放射能が地表沈着すれば、地表1mではべらぼうな空間線量率になると思っています。
     
今中氏の回答の問題点について(沢田昭二)
  
  1.被曝実態から学ぶ手段としての疫学的方法 
    今中氏は原爆放射線の物理学的測定とその物理学理論による解明ではきわめて重要な貢献をされ、その点では高く評価しています。しかし内部被曝影響を含めた研究では、内部被曝がきわめて複雑な現象であるため、物理学的方法には大きな限界があります。そこで被爆者の間に起こった被曝実態を反映させるためには生物学的方法、急性放射線症状の発症率、晩発性障害の発症率あるいは死亡率などから疫学の手法によって引出す方法、染色体異常の頻度、核磁気共鳴法による研究などが重要になります。
これらの生物学的方法の中で最も精度の高い被曝影響を明らかにするには多くの貴重な調査結果が発表されている急性症状が重要で、その結果を他の方法と比較することも重要です。しかし残念ながら、こうした急性症状は原爆放射線以外の原因で起こるという主張が、放射線影響研究所や厚生労働省によって執拗にくり返させられ、これが科学者にも大きな影響を与え、生物学的線量評価の研究が大きく立ち後れることになっています。この問題は2003年から開始された原爆症認定集団訴訟でいっそう鮮明になりました。
集団訴訟の国側の主張は、初期放射線がほとんど到達しない遠距離における脱毛の発症は放射線の影響ではなく精神的な障碍であると主張します。しかし具体的な説明はしていません。1945年には日本中の200の都市が空襲で焼け野原になりましたが、系統的な大量の脱毛の発症は広島や長崎以外には報告されていません。図1は典型的な急性症状である脱毛の発症率を1950年前後に原爆傷害調査委員会(ABCC)が調査した結果です。初期放射線は爆心地から2 km程度でほとんど無視できる線量になり脱毛を発症させる線量にはなりません。しかし、2km以遠でも発症率は小さくなりますが爆心地からの距離とともにゆっくり減少しています。すでにHPの私の報告に示しましたように、ABCCの脱毛発症率調査だけでなく、脱毛と脱毛以外のさまざまな急性症状の発症率の調査がありますが、すべて共通して爆心地からの距離とともに系統的に減少しています。
日本政府は原爆症認定裁判で下痢の発症は当時の衛生状態が悪かったためであると当時の衛生状態を示すデータを提出していますが、下痢の発症があっても、ホットスポット的にきわめてばらばらで、爆心地のように特定点からの距離に応じて系統的に減少しているものものはありません。
今中氏は 「『遠距離で認められた脱毛や下痢は急性放射線障害であった』という仮説に基づく議論です。仮説の上にいくらりっぱな建物を作っても、仮説の確かさ以上にしっかりした建物にはなりません。」と主張しています。急性症状の発症率の疫学的研究を進める場合に、これらの症状が放射線による影響であったか、放射線以外の影響であったかの検討が必要です。この場合には放射線による「影響があった」と放射線による「影響がなかった」の二者択一です。

今中氏のような立場では、被曝実態から被曝影響を何時までたっても明らかにできないで、実質上被曝影響を隠蔽する政策に利することになってしまいます、
放射線影響であったかどうかの仮説を立てるにあたっては、さまざまな検討を行い他に合理的な方法がないことを考慮し、さらに合理的な研究方法を考え、得られた結果の合理性を検討しています。こうして被曝実態から科学的に学ぶ手段が疫学的方法なのです。
     
  2.放射性降下物の影響評価における物理学的方法の限界
    放射性降雨がもたらし、地中に残留した放射性物質からの放射線量を測定しても、その他の風で移動していったり、原爆による大火災や台風の洪水で流失した放射性降下物がなかったので、測定結果が放射性降下物のすべてであるという証明にはなりません。『物理学的方法によって得られた結果以外にはない』というのも仮説です。しかし、これでは原爆症認定集団訴訟の原告が自らの体験を証言し、30余の判決で認められた被爆者の間に系統的に現れている症状という被曝実態を説明できませし、第1図に示した脱毛発症率を合理的に理解する道が閉ざされてしまいます。
広島と長崎以外には認められていない、爆心地からの距離とともに系統的に変化するさまざまな急性症状の発症率調査結果、しかも統計的な誤差を除いてほぼ同じ結果を与えている調査資料を疫学的に研究することは、「数学的な意味での証明」ではありませんが、きわめて高い信頼度で得られた結果は、事実として受けとめ、それを物理学的その他の方法でどのように理解するかを探る出発点と位置づけるべきだと思います。
     
  3.急性症状発症率の研究から学んだこと
    私の疫学的方法の中心的方法は、急性症状の発症率は被曝線量における正規分布であるということです。これも、動物実験などを通じて、数学的証明ではありませんが100%に近い信頼度で示され、論文や説明にも書きましたように、放影研のストラムと水野による図1の脱毛発症率(図の□印)から、初期放射線による脱毛発症率を求めた結果も、3グレイ以下の部分ではほぼ正規分布をしていること、京泉らの免疫機能を除去したマウスに胎児の頭皮を移植した実験からも、人間の脱毛発症率が正規分布をしていることを確かめて、もっともらしい正規分布を見出して図1の脱毛発症率を解析しました。こうして、貴重な被爆者の資料から、脱毛と紫斑と下痢の被曝線量と急性症状の発症率の関係を見出し、同時に原爆放射線による遮蔽効果を考慮した初期放射線被曝と放射性降下物による被曝線量を求めました。私が求めた放射性降下物による被曝線量は複雑な機構を持って発症させる内部被曝の場合、適切な物理学的方法による被曝線量の定義をすることができませんので、外部被曝と同じ急性症状の発症率を与える被曝線量という意味を持っているので、グレイよりもシーベルトで表現した方が適切だと思います。
ストラムと水野は図1の脱毛発症率から図1の◆で示した初期放射線による被曝影響を求めました。彼らは初期放射線の到達しないところの脱毛はバックグラウンドだとして発症率を遠距離では初期放射線による発症率がゼロになるように引き算をし、初期放射線被曝がゼロではないところも5%から40%も引き算して、距離によって引き算する発症率を変化させています。これが図1の□印と◆印の開きに相当します。通常バックグラウンドというのは全く放射線影響を受けていない集団(例えば日本人全体など)の発症率は一定値で、放射線被曝による脱毛の場合広島と長崎以外では実質上ゼロです。ストラムと水野は爆心地からの距離とともに変化させる発症率を差し引いていますから、彼らは放射性降下物による被曝影響であることは認識していたと考えられます。また、爆心地から1 km以内の◆印は48%と35%に下がっていますが、これはABCCが調査した寿命調査集団(Life Span Study群、LSS集団)は、1950年の国勢調査に基づいて主として広島市と長崎市に戸籍をおいている被爆者を選んだ集団であることから、半致死線量(被曝から60日以内に半数の人が死亡する線量)と呼ばれる1km以内で初期放射線だけで4グレイ程度以上を被曝したLSS集団の被爆者は、放射線抵抗力が強く5年以上生き延びることのできた人だけであるために脱毛発症率が100%ではなく、76%とか63%であったものから、これからさらにストラムと水野がバックグラウンドとして28%を差し引いたためです。また、爆心地から1 km以内で生き残った被爆者はきわめて稀で、調査人数も少ないこと、放射性降下物の影響を少しでも考慮すれば脱毛の発症率は100%に達することも考慮して疫学研究の解析範囲からはずしました。
紫斑と脱毛の発症率が広島でも長崎でも爆心地からの距離とともに、ほぼ同じように減少していくことは、紫斑が放射線被曝以外には説明できない(国側も紫斑については何も主張しません)ことから、脱毛の発症が放射線影響であることを裏付けています。 下痢は外部被曝の場合、透過力の強い放射線のかなり高線量被曝でなければ発症しないことはよく知られています。原爆被爆者の場合も、近距離の透過力の強い初期放射線被曝が主要な被曝影響である爆心地から1 km未満の地域の被爆者の場合には脱毛や紫斑に比して発症率が低いことがこれを示しています。ところが、初期放射線被曝が小さくなる爆心地から1.5 km以遠では、下痢の脱毛や紫斑の発症率の数倍の発症率になります。このこは、放射性降下物の被曝の主要な影響が内部被曝であることを示しています。下痢の発症率から推定した放射性降下物による被曝線量と脱毛と紫斑の発症率から求めた放射性降下物による被曝線量がほとんど同じ被曝線量になったことは、初期放射線の到達しない遠距離における急性症状の発症が放射性降下物によるものであり、内部被曝が主要な影響を与えたことを示しています。
このようにして、被曝実態である急性症状の発症を放射線影響であると仮定して出発して疫学研究を進めていけば、ますます放射線影響であることを色々な角度から裏付けることになりました。得られた結果を他の生物学的方法で得られた結果とも比較して、相互に納得のいく結果が得られていると思います。