2017年08月19日

事前討論

丹羽太貫氏の回答(事前討論 No. 2)

丹羽太貫氏への質問(事前討論 No. 1)質問に、丹羽太貫氏が回答しました。
青字部分が丹羽氏の回答です。

2012. 7. 18(水)

小沢洋一 さま

お便り拝見いたしました。たいへん緻密に調べておられることに敬服いたします。私はこれまで一貫して基礎研究をやってきたので、防護についての知識はそれほどではありませんが、お答えできる範囲で、返事を青字で記載しております。よろしくお願いいたします。

丹羽太貫

疑問1 ICRP1977年勧告で低減係数2を導入という重要事項について、勧告書の本文で具体的に明記しなかったのはなぜなのでしょうか。経緯をご存じでしたら教えて頂けないでしょうか。

お答え 本文でなぜ詳しい説明がないかについて、残念ながら私には知識がありません。

疑問2 ICRP1977年勧告には、国連科学委員会の1977年報告に基づいて、低減係数2を導入したとは書かれていません。この事実が書かれているICRPの文章は存在するのでしょうか。それとも、ICRPの公開資料には存在しないのでしょうか。

お答え ご指摘が正しいです。私はICRPの勧告が国連科学委員会報告に基づいていると思い込んでおり、また実際に国連科学委員会1977報告において、低線量での効果の低減が言及されていますので、この2つを疑問なく結びつけました。この低線量での低減について言及されている部分は、1977年国連科学委員会報告のAnnex Gのパラグラフ318のセンテンスです。現在でもそうですが、ICRPは、放射線の科学情報に関して国連科学委員会報告を参考にしていますので注目していたはずだからです。
なお、Stather 先生はすでに定年で退職しておられますが、国連科学委員会にも毎回出席しておられた方で、かつ研究者としても有名です。過去の経緯についてご存知だと思いますので、彼がなぜこのような書き方をしているのかを、お尋ねしたいと思います。

疑問3 国連科学委員会の1977年報告のどこに、低減係数2が妥当と書かれているのでしょうか。私なりにまとめましたが間違いないでしょうか。文末脚注に根拠となる出典を上げてあります。

お答え UNSCEAR 1977年報告の紹介として問題ないでしょう。ひとつご理解いただきたいのは、白血病以外のがんについてのリスク推定についてです。固形腫瘍は、潜伏期が長いために(恐らく放射線被ばく以外の他の要因を必要とするため)1977年当時では、原爆被爆者のリスク推定で将来予測の不確かさが大きかったことです。そのために、白血病を基本にした推定を行っていました。

疑問4 ICRP1977勧告の採択された後にUNSCEAR 1977 REPORTが発表されている様に思います。先のICRP1977勧告が後のUNSCEAR 1977 REPORTに基づくというのが可能なのかでしょうか。あらかじめ、UNSCEAR 1977 REPORTの内容がICRPには分かっていた、あるいは同時進行ということなのでしょうか。

お答え ご指摘の点、まったく気付いていませんでした。唯一私が申し上げることができるなら、国連科学委員会の報告は、年1回のウイーンでの会合で100人以上の研究者が世界から集まり、喧々諤々の議論のうえ採択されます。しかし実際に報告として出るのはそれから1年、あるいはさらに時間がかかることが多いです。この議論の中で、多くの研究者は報告書の内容を知りますし、ICRPの委員も相当の知識を得ていることは、大いにありうることです。現在でもそうですが、ICRPは、放射線の科学情報に関して国連科学委員会報告を参考にしていますので注目していたはずです。ともあれ、正式な刊行日と実際の議論がもたれた年月日にズレがあったと推察されます。

疑問5 ICRP1990年勧告に、1977年勧告で低減係数2を導入していたことを記載されなかったのはなぜでしょうか。1990年勧告の74項には、1977年勧告に低減係数を導入したことが書かれていません。1990年勧告の付属書B32項にも、「DDREFとしては、2と2.5をもちいたUNSCEAR(1977)」とは記述されていますが、1977年勧告に低減係数を導入したことは記載されていません。ICRP2007年勧告70項にも、「1990年勧告で、放射線防護の一般的な目的にはDDREF=2を適用すべきであるという大まかな判断を下した。」とだけ記述され、1977年勧告で低減係数2の導入をしたことには触れられていません。

お答え DDREFの概念が、aD + bD^2/aDとしてはっきり成立したのが、1990年勧告であったので、過去のものを引用しなかったのではないかと思います。ただこれは丹羽の個人的な判断です。機会があれば、古いことを知っている友人に問い合わせようと思います。

疑問6 1977年勧告での低減係数2と1990年勧告で導入されたDDREF=2との間には連続性がないのでしょうか。1990年勧告でDDREF=2の妥当性を検討する際に根拠とされているのは、1977年勧告以降の論文・データばかりです。

お答え 私自身、小沢さんほどの厳密な検討をしたことがないので、ご指摘にあるような「1977年勧告以降の論文・データばかり」については知っておりませんでした。連続性という点では、線量率が低いと効果が低くなることは、1977年以前から動物実験で知られていました。しかしヒトでのデータ、特に被爆者研究で低線量域での線量効果関係の詳細が明らかになってきたのは、1980年になってからです。そのため「1977年勧告以降の論文・データばかり」になったのではないでしょうか。