2017年11月25日

事前討論

丹羽太貫氏への質問(事前討論 No. 1) - 小沢洋一氏関連資料

2日目の講演者である丹羽太貫氏(京都大学名誉教授・ICRP委員)に、氏の講演テーマ「疫学データから見た放射線発がんの機構と幹細胞の役割」
に関連して、参加者の小沢洋一氏(仮説実験授業研究会)から質問と関連資料が届きました。

丹羽 太貫 様

 初めまして。

 仮説実験授業研究会の小沢洋一と言います。

 元東京都都立高校物理教員で、現在は退職して主夫業をしながら、地域で子どもから大人まで科学を楽しんで頂けるような場を作ったり、障害をもった教え子たちをサポートしたりしています。

 昨年の地震・津波・原発事故以降、子どもから大人まで安心して学べる放射線教育教材作りに関わるようになりました。それ以降、放射線の文献と格闘する毎日になりました。最近のICRP勧告書だけでなく、過去のPublicatioや国連科学委員会報告についても、アイソトープ協会の図書室を利用させて頂けたお陰で目を通すことができました。その中で、どうしても私には解決できない疑問点が見つかりました。数人の詳しい方にもご相談しましたが、分かりませんでした。

 そんな時、「放送倫理・番組向上機構への提訴状」をサイトで拝見し、私が解決できないで困っていた疑問点の手掛かりを見つけました。また、「基研主導研究会2012-原子力・生物学と物理」で講演されることも知りました。基研主導研究会で、質問させて頂くことも考えましたが、時間的に難しいと思われるため、事前に、事務局を通じて連絡を取らせて頂くことを思いつきました。

 私がどこまで調査したかについては、添付した資料の方に詳しくい書いてありますが、目を通すのは大変だと思いますので、必要な部分は、質問に転載しました。(転載した添付した資料の脚注がそのまま手紙にも転載されています。一部、原典で未確認の部分が赤字になっています。)

 大変、お忙しいとは思いますが、ご教授頂けると幸いです。

 以下が、教えて頂きたい疑問点です。

疑問1 ICRP1977年勧告で低減係数2を導入という重要事項について、勧告書の本文で具体的に明記しなかったのはなぜなのでしょうか。経緯をご存じでしたら教えて頂けないでしょうか。

 ICRP1977年勧告での低減係数の説明は、下記の部分だけでです。

(29)しかし、多くの例では、リスクの推定値は、高線量率で与えられたもっと高線量の照射から導き出されたデータによっている。これらの例においては、小線量あるいは低線量率で与えられた線量での被曝における単位線量あたりの効果の頻度のほうがより低くなりそうである。それゆえ、リスクの相違がおそらくあるということを斟酌するための係数をこれらの推定値にかけて、その値を減らすのが適切であろう。後に議論するリスク係数は、したがって、できるかぎり実際に放射線防護の目的に適用できるように選定されている。『ICRP1977年勧告』p.12

疑問2 ICRP1977年勧告には、国連科学委員会の1977 年報告に基づいて、低減係数2を導入したとは書かれていません。この事実が書かれているICRPの文章は存在するのでしょうか。それとも、ICRPの公開資料には存在しないのでしょうか。

 私が確認できたのは、下記の論文までです。この論文も、結論だけで、根拠は示されていません。

Stather,J.w.: Dose and Dose Rate Effectiveness Factor, Radiological Protection Bulletin (NRPB) No.115,13-18( 1990)

A DDREF of 2 was used by ICRP in 1977 for assessing the risks of cancer induction  for radiological protection purposes based on conclusions by UNSCEAR.  (Radiological Protection Bulletin (NRPB) No.115,p.17)

疑問3 国連科学委員会の1977 年報告のどこに、低減係数2が妥当と書かれているのでしょうか。私なりにまとめましたが間違いないでしょうか。文末脚注に根拠となる出典を上げてあります。

国連科学委員会の1977年報告の発がんリスク評価

1977年当時、国連科学委員会では、白血病と他の組織の致死的なガンの発生は、白血病の約5倍と考えられていました。各器官の個々の致死がんリスクを足し合わせて全体のリスクを求めるのは不適切とされていました。個々の致死がんリスクには誤差も大きかったようです。[i]

高線量では、白血病のリスクを0.5%/Svぐらいとしているので、全体のリスクは2.5%/Svと見積もっています。低線量では、白血病のリスクを0.2%/Svとしているので、全体のリスクを1%/Svと見積もっています。[ii]ですから、国連科学委員会1977年報告では、高線量の半分よりも小さく見積もっていたことになります。

また、動物実験の結果として、低線量率での放射線の影響が半分になると推定できるとも書かれています。[iii]

ただし、1977年当時、科国連科学委員会のデータも研究途上だったようです。[iv]

疑問4 ICRP1977勧告の採択された後にUNSCEAR 1977 REPORTが発表されている様に思います。先のICRP1977勧告が後のUNSCEAR 1977 REPORTに基づくというのが可能なのかでしょうか。あらかじめ、UNSCEAR 1977 REPORTの内容がICRPには分かっていた、あるいは同時進行ということなのでしょうか。

出版物の発行の日付は実態を表さないこともありますが、UNSCEAR 1977 REPORT SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATIONの出版は1977.7.5の様です。ICRP1977勧告は、1977.1.17に採択されています。

疑問5 ICRP1990年勧告に、1977年勧告で低減係数2を導入していたことを記載されなかったのはなぜでしょうか。1990年勧告の74項には、1977年勧告に低減係数を導入したことが書かれていません。1990年勧告の付属書B32項にも、「DDREFとしては、2と2.5をもちいたUNSCEAR(1977)」とは記述されていますが、1977年勧告に低減係数を導入したことは記載されていません。ICRP2007年勧告70項にも、「1990年勧告で、放射線防護の一般的な目的にはDDREF=2を適用すべきであるという大まかな判断を下した。」とだけ記述され、1977年勧告で低減係数2の導入をしたことには触れられていません。

疑問6 1977年勧告での低減係数2と1990年勧告で導入されたDDREF=2との間には連続性がないのでしょうか。1990年勧告でDDREF=2の妥当性を検討する際に根拠とされているのは、1977年勧告以降の論文・データばかりです。

 こうした疑問点を解決し、史実を一つ一つ明らかにした上で、確実な事実に基づいて「放射線とその影響」というテーマでの放射線教育教材作りに活かしたいと思っています。

 よろしくお願い致します。

2012.7.17(日)
小沢 洋一      

 

[i] 「237.放射線によって、その他の器官に誘発される癌のリスクについては、ある非常に妥当な値が示されているが、全発癌リスクは、各器官個々からそれへの寄与を和すことでは得られない。」p.467「247.(前略)全ての悪性疾患による終局的な総死亡数は、白血病のみによるしれの4~6倍であろう。」p.471「(致死的悪性疾患の全危険度に関する)この推定は身体各器官のリスクを加算しても確実に得られない。なぜならばある部分、とくに低い誘発率のものは正確度が欠けているからである。しかし、いくつかの知見からすると、男女とも、また年齢層を問わず平均して致死的悪性疾患の全リスクは白血病のみのリスクの5倍程度である。()内は小沢が挿入」「かくして致死的悪性疾患の平均的誘発危険度は10-4/rad」p.29(手元に資料が無い。念のため確認)『UNSCEAR 1977 REPORT,SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATION. 1977 report to the General Assembly, with annexesの和文である『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』

[ii] 317項、318項p.482『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』
「(B62) (4)他の機関により過去においてリスク推定に実際に利用されたDDREFとしては、2と2.5を用いたUNSCEAR(1977)、おそらく5までを示唆したUNSCEAR(1986)、および2から10を勧告したUNSCEAR(1988b)がある。BEIRⅢ委員会(NAS、1980)は2.25のDDERFを用い、BEIRⅤ委員会(NAS 、1990)は2あるいはそれ以上を勧告したが、計算では白血病の場合にのみ2を、その他のがんには1を適用した。NUREG(1989)は3.3を用い、米国国立衛生研究所グループ(Rallら、1985)は、2.3を用いた。これらを考慮して、またとくに限られたヒトでの情報がDDREFはこの範囲のうち低い値であることを示唆していることを考えて、委員会は放射線防護の目的のためにはDDREFとして2という値の使用を勧告することに決定した。ただし、この選択はある程度独断的であり、また保守的であるかもしれないことは認識している。もしも新しい、もっと決定的な情報が将来利用できるようになれば、この勧告の変更は当然予想できる。」『国際放射線防護委員会の1990年勧告』p.132

[iii] 185項p.699『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』

[iv] 『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』320節p.487

2日目の講演者である丹羽太貫氏(京都大学名誉教授・ICRP委員)に、氏の講演テーマ「疫学データから見た放射線発がんの機構と幹細胞の役割」
に関連して、参加者の小沢洋一氏(仮説実験授業研究会)から質問と関連資料が届きました。

丹羽 太貫 様

 初めまして。

 仮説実験授業研究会の小沢洋一と言います。

 元東京都都立高校物理教員で、現在は退職して主夫業をしながら、地域で子どもから大人まで科学を楽しんで頂けるような場を作ったり、障害をもった教え子たちをサポートしたりしています。

 昨年の地震・津波・原発事故以降、子どもから大人まで安心して学べる放射線教育教材作りに関わるようになりました。それ以降、放射線の文献と格闘する毎日になりました。最近のICRP勧告書だけでなく、過去のPublicatioや国連科学委員会報告についても、アイソトープ協会の図書室を利用させて頂けたお陰で目を通すことができました。その中で、どうしても私には解決できない疑問点が見つかりました。数人の詳しい方にもご相談しましたが、分かりませんでした。

 そんな時、「放送倫理・番組向上機構への提訴状」をサイトで拝見し、私が解決できないで困っていた疑問点の手掛かりを見つけました。また、「基研主導研究会2012-原子力・生物学と物理」で講演されることも知りました。基研主導研究会で、質問させて頂くことも考えましたが、時間的に難しいと思われるため、事前に、事務局を通じて連絡を取らせて頂くことを思いつきました。

 私がどこまで調査したかについては、添付した資料の方に詳しくい書いてありますが、目を通すのは大変だと思いますので、必要な部分は、質問に転載しました。(転載した添付した資料の脚注がそのまま手紙にも転載されています。一部、原典で未確認の部分が赤字になっています。)

 大変、お忙しいとは思いますが、ご教授頂けると幸いです。

 以下が、教えて頂きたい疑問点です。

疑問1 ICRP1977年勧告で低減係数2を導入という重要事項について、勧告書の本文で具体的に明記しなかったのはなぜなのでしょうか。経緯をご存じでしたら教えて頂けないでしょうか。

 ICRP1977年勧告での低減係数の説明は、下記の部分だけでです。

(29)しかし、多くの例では、リスクの推定値は、高線量率で与えられたもっと高線量の照射から導き出されたデータによっている。これらの例においては、小線量あるいは低線量率で与えられた線量での被曝における単位線量あたりの効果の頻度のほうがより低くなりそうである。それゆえ、リスクの相違がおそらくあるということを斟酌するための係数をこれらの推定値にかけて、その値を減らすのが適切であろう。後に議論するリスク係数は、したがって、できるかぎり実際に放射線防護の目的に適用できるように選定されている。『ICRP1977年勧告』p.12

疑問2 ICRP1977年勧告には、国連科学委員会の1977 年報告に基づいて、低減係数2を導入したとは書かれていません。この事実が書かれているICRPの文章は存在するのでしょうか。それとも、ICRPの公開資料には存在しないのでしょうか。

 私が確認できたのは、下記の論文までです。この論文も、結論だけで、根拠は示されていません。

Stather,J.w.: Dose and Dose Rate Effectiveness Factor, Radiological Protection Bulletin (NRPB) No.115,13-18( 1990)

A DDREF of 2 was used by ICRP in 1977 for assessing the risks of cancer induction  for radiological protection purposes based on conclusions by UNSCEAR.  (Radiological Protection Bulletin (NRPB) No.115,p.17)

疑問3 国連科学委員会の1977 年報告のどこに、低減係数2が妥当と書かれているのでしょうか。私なりにまとめましたが間違いないでしょうか。文末脚注に根拠となる出典を上げてあります。

国連科学委員会の1977年報告の発がんリスク評価

1977年当時、国連科学委員会では、白血病と他の組織の致死的なガンの発生は、白血病の約5倍と考えられていました。各器官の個々の致死がんリスクを足し合わせて全体のリスクを求めるのは不適切とされていました。個々の致死がんリスクには誤差も大きかったようです。[i]

高線量では、白血病のリスクを0.5%/Svぐらいとしているので、全体のリスクは2.5%/Svと見積もっています。低線量では、白血病のリスクを0.2%/Svとしているので、全体のリスクを1%/Svと見積もっています。[ii]ですから、国連科学委員会1977年報告では、高線量の半分よりも小さく見積もっていたことになります。

また、動物実験の結果として、低線量率での放射線の影響が半分になると推定できるとも書かれています。[iii]

ただし、1977年当時、科国連科学委員会のデータも研究途上だったようです。[iv]

疑問4 ICRP1977勧告の採択された後にUNSCEAR 1977 REPORTが発表されている様に思います。先のICRP1977勧告が後のUNSCEAR 1977 REPORTに基づくというのが可能なのかでしょうか。あらかじめ、UNSCEAR 1977 REPORTの内容がICRPには分かっていた、あるいは同時進行ということなのでしょうか。

出版物の発行の日付は実態を表さないこともありますが、UNSCEAR 1977 REPORT SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATIONの出版は1977.7.5の様です。ICRP1977勧告は、1977.1.17に採択されています。

疑問5 ICRP1990年勧告に、1977年勧告で低減係数2を導入していたことを記載されなかったのはなぜでしょうか。1990年勧告の74項には、1977年勧告に低減係数を導入したことが書かれていません。1990年勧告の付属書B32項にも、「DDREFとしては、2と2.5をもちいたUNSCEAR(1977)」とは記述されていますが、1977年勧告に低減係数を導入したことは記載されていません。ICRP2007年勧告70項にも、「1990年勧告で、放射線防護の一般的な目的にはDDREF=2を適用すべきであるという大まかな判断を下した。」とだけ記述され、1977年勧告で低減係数2の導入をしたことには触れられていません。

疑問6 1977年勧告での低減係数2と1990年勧告で導入されたDDREF=2との間には連続性がないのでしょうか。1990年勧告でDDREF=2の妥当性を検討する際に根拠とされているのは、1977年勧告以降の論文・データばかりです。

 こうした疑問点を解決し、史実を一つ一つ明らかにした上で、確実な事実に基づいて「放射線とその影響」というテーマでの放射線教育教材作りに活かしたいと思っています。

 よろしくお願い致します。

2012.7.17(日)
小沢 洋一      

 

[i] 「237.放射線によって、その他の器官に誘発される癌のリスクについては、ある非常に妥当な値が示されているが、全発癌リスクは、各器官個々からそれへの寄与を和すことでは得られない。」p.467「247.(前略)全ての悪性疾患による終局的な総死亡数は、白血病のみによるしれの4~6倍であろう。」p.471「(致死的悪性疾患の全危険度に関する)この推定は身体各器官のリスクを加算しても確実に得られない。なぜならばある部分、とくに低い誘発率のものは正確度が欠けているからである。しかし、いくつかの知見からすると、男女とも、また年齢層を問わず平均して致死的悪性疾患の全リスクは白血病のみのリスクの5倍程度である。()内は小沢が挿入」「かくして致死的悪性疾患の平均的誘発危険度は10-4/rad」p.29(手元に資料が無い。念のため確認)『UNSCEAR 1977 REPORT,SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATION. 1977 report to the General Assembly, with annexesの和文である『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』

[ii] 317項、318項p.482『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』
「(B62) (4)他の機関により過去においてリスク推定に実際に利用されたDDREFとしては、2と2.5を用いたUNSCEAR(1977)、おそらく5までを示唆したUNSCEAR(1986)、および2から10を勧告したUNSCEAR(1988b)がある。BEIRⅢ委員会(NAS、1980)は2.25のDDERFを用い、BEIRⅤ委員会(NAS 、1990)は2あるいはそれ以上を勧告したが、計算では白血病の場合にのみ2を、その他のがんには1を適用した。NUREG(1989)は3.3を用い、米国国立衛生研究所グループ(Rallら、1985)は、2.3を用いた。これらを考慮して、またとくに限られたヒトでの情報がDDREFはこの範囲のうち低い値であることを示唆していることを考えて、委員会は放射線防護の目的のためにはDDREFとして2という値の使用を勧告することに決定した。ただし、この選択はある程度独断的であり、また保守的であるかもしれないことは認識している。もしも新しい、もっと決定的な情報が将来利用できるようになれば、この勧告の変更は当然予想できる。」『国際放射線防護委員会の1990年勧告』p.132

[iii] 185項p.699『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』

[iv] 『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』320節p.487

小沢洋一氏の関連資料

丹羽太貫氏への質問に関わる、小沢洋一氏の関連資料です。

● ミニ授業プラン「1年に1mSv(ミリシーベルト)はどう決められたのか
● 授業プラン「低線量低線量率放射線とその影響」

授業プラン「低線量低線量率放射線とその影響」

仮説実験授業研究会 2012夏の合宿研究会 宮城松嶋大会資料
小沢洋一

この授業プランのねらい

ミニ授業プラン「放射線とその影響2 -1年に1mSv(ミリシーベルト)はどう決められたのか-」の姉妹編です。「低線量低線量率放射線とその影響」が歴史的にどの様に推定されてきたかを考えることで、国際放射線防護委員会(以下、ICRP)について考えて頂く材料を提供することにあります。問題の答えを予想してから、次のページを見て下さい。

放射線被曝による致死がんの増加

国際放射線防護委員会(以下、ICRP)では、放射線を1000mSv浴びると、ガンで死ぬ確率が、生涯で5%増えると考えて、放射線防護にあたる様に勧告しています。このガンで死ぬ確率とは、どうやって分かったのでしょう。
ICRPは、放射線の影響は、広島長崎の原爆被爆者のデータに基づいて推定しています。私たちが、生活の中で放射線被ばくは、広島長崎の原爆被爆の様に、一瞬に放射線を浴びるのではなく、ゆっくりと放射線を浴びます。
この授業プランでは、私たちが被曝する様な低線量低線量放射線被曝のリスクが歴史的にどのように考えられてきたのかを明らかにします。

低線量低線量率放射線の低線量とは200 mSv以下の放射線量のことです。低線量率とは、1時間あたり0.1Sv以下の放射線のことです。[1]

[問題1]同じ100mSvの放射線を被曝した場合でも、原爆の様に一瞬で被曝する場合と、弱い放射線を1年間かけてゆっくり被曝した場合とでは、致死がんの増加に違いがあるのでしょうか。あなたはどう思いますか。

予想 ア.どちらも大体同じぐらい増加する。
   イ.一瞬で被曝した方がたくさん増加する。
   ウ.ゆっくり被曝した方がたくさん増加する。
   エ.その他

色々な考え方があった

1980年頃、「100ミリラドを瞬間的に浴びた場合の発ガン影響についてはなっとくできる。しかし、同量の被曝でも、1年間かけてゆっくり浴びた場合の影響が同じであろうはずがない。(後略)」[2]という科学者がいました。
同じ頃、こうした意見とは反対に、ゴフマンという科学者は、『新装版 人間と放射線』という本の中で、影響は同じだという考えや根拠を示しています。

線量・線量率効果係数(DDREF)とは

『ICRP1990年勧告』では、低線量低線量率放射線被曝の影響は、高線量高線量被曝放射線被曝の影響の半分ぐらいと見積もるのが妥当だとしています。[3]低減係数である線量・線量率効果係数(DDREF:Dose and dose-rate effectiveness factor)は2とされています。『ICRP2007年勧告』でも全く同じ考え方です。
広島長崎の原爆被爆では、放射線を1000 mSv浴びると、がんで死ぬ確率が10%増えます。低減係数が1/2またはDDREF2ということは、私たちが生活で被曝するような低線量低線量率放射線被曝では、その半分の5%と推定されるという意味なのです。
低減係数またはDDREFの数値によって、私たちの放射線被ばくリスクの推定値が変わるわけです。

ICRP 日本人委員丹羽太貫(京都大学名誉教授)氏他の「放送倫理・番組向上機構への提訴状」2012.5.7にも次のように書かれています。
「強い放射線を短時間に照射するよりも、弱い放射線で長時間かけて同じ量の放射線を照射する方が、生物に与える影響が小さくなること(線量率効果)は、放射線生物学や放射線医学の分野で長年広く認められた科学的事実である。」[4]

いつから、科学者の意見が一致したのでしょう?

[問題2]国際放射線防護委員会(ICRP)が、低線量低線量放射線被曝の影響を高線量高線量被曝放射線被曝の影響の半分ぐらいと見積もる様になったのはいつからだと思いますか。

予想 ア.1990年勧告
   イ.1977年勧告
   ウ.もっと前
   エ.その他

1977年勧告から

ICRP1990年勧告で線量・線量率効果係数(DDREF)を導入したのが始まりと思われています。[5]確かに、ICRP1990年勧告には、線量・線量率効果係数としてどのような数値が妥当か検討されています。[6]
1966年勧告では致死がんリスク推定値そのものを掲載していません[7]し、他に、検討されている勧告はありません。
しかし、線量・線量率効果係数(DDREF)という言葉は使っていませんが、1977年勧告は、すでに低線量低線量率放射線被曝の影響を高線量高線量率被曝放射線被曝の影響の半分ぐらいと見積もっていたのです。[8]1977年勧告が低線量低線量放射線被曝の影響を半分に見積もった根拠は、国連科学委員会の1977 年報告にあるらしいのです。[9]

国連科学委員会の1977年報告の発がんリスク評価

1977年当時、国連科学委員会では、白血病と他の組織の致死的なガンの発生は、白血病の約5倍と考えられていました。個々の致死がんリスクの誤差が大きいと考えられため、各器官の個々の致死がんリスクを足し合わせて全体のリスクを求めるのは不適切とされていました。[10]
高線量では、白血病のリスクを0.5%/Svぐらいとしているので、全体のリスクは2.5%/Svと見積もっています。低線量では、白血病のリスクを0.2%/Svとしているので、全体のリスクを1%/Svと見積もっています。[11]ですから、国連科学委員会1977年報告では、高線量の半分よりも小さく見積もっていたことになります。
また、動物実験の結果として、低線量率での放射線の影響が半分ぐらいと推定しています。[12]
ただし、1977年当時、科国連科学委員会のデータも研究途上だったようです。[13]

ICRP1977年勧告を読んでも分からない

確かに、『国際放射線防護委員会の1977年勧告』には、(低線量と高線量)「(29)リスクの相違がおそらくあるということを斟酌するための係数をこれらの推定値にかけて、その値を減らすのが適切であろう。後に議論するリスク係数は、したがって、できるかぎり実際に放射線防護の目的に適用できるように選定されている。」と書いてあります。リスク推定に低減係数が導入されているように読めます。しかし、具体的な低減係数についての記述はありません。参考文献も示していないので、ICRP1977年勧告を読んでも低減係数2や根拠に辿りつくことはできません。ほとんどの人(専門家も含めて)が、1977年勧告が低減係数2を採用していることに気づいていないようです。その他のICRPの出版物にも、1977年勧告に低減係数を採用したという記述は見当たりませんでした。

[問題3]最近の放射線の研究ではどうでしょう。同じ100mSvの放射線を被曝した場合でも、原爆の様に一瞬で被曝する場合と、弱い放射線を1年間かけてゆっくり被曝した場合とでは、致死がんの増加に違いがあるのでしょうか。

予想 ア.どちらも大体同じぐらい増加する。
   イ.一瞬で被曝した方が2倍ぐらい増加する。
   ウ.ゆっくり被曝した方が2倍ぐらい増加する。
   エ.その他

線量・線量率効果係数の見直し

ICRP 日本人委員丹羽太貫(京都大学名誉教授)氏他は、「DDREF の値について、ICRP は2を用いている。しかし米国国立衛生研究所は2003 年の報告で1.75 を推奨し米国航空宇宙局もこれを採用(2)、米国科学アカデミーは2005 年に刊行した電離放射線生物影響報告(BEIR VII 報告)で1.5 を提示(3)、ドイツ政府は1 を用いてリスク計算をおこなっている。このようにDDREFの値としてどの数値を使うかについては議論があり、国際的に見直しの機運が高まっている。」[14]という事実を訴状の中で明らかにされています。
線量・線量率効果係数は2で間違いないと確定しているということではなさそうです。それほど、確実な数値ということではないということです。今も、科学者の意見は一致しているわけではなく、より妥当な低減係数を求めて研究が進められているようなのです。

将来、線量・線量率効果係数は見直されるかもしれません。

質問1 授業プランを体験され、気づいたこと、疑問がわいたことがあったら出して下さい。

 表1 低線量低線量率被曝致死がんリスクの変遷[15](%/1000mSv当たり)

推定の情報源 原爆被曝致死がんリスク 低線量低線量率
被曝致死がんリスク
低減係数 線量・線量率効果係数
BEIRⅠ 1972 1.2(相加) 6.2(相乗)   1

1

1977勧告 1 1/2 2
UNSCEAR1977 2または2.5 1[16] 1/2または1/2.5 2または2.5
BEIRⅢ 1980 0.8-2.5(相加) 2.3-5.0(相乗)   1 1
UNSCEAR1988 4.0-5.0(相加) 7.0-11.0(相乗)[17]   1 1
BEIRⅤ 1990 8.85     1
1990勧告 10 5 1/2 2

 


[1] 『ICRP1990年勧告』(74)p.23正確には、単位はGy。

[2] ジョン・W・ゴフマン『新装版 人間と放射線』(明石書房)p.348

[3] 「(74)委員会は、低線量・低線量率における影響の確率の推定値を選るために高線量・高線量率のおける低LET放射線についてのデータを解釈するにあたって非直線性を考慮に入れることは、放射線防護の見地からは正しいとする十分な根拠があると結論した。付属書Bの議論に基づき、委員会は、高線量・高線量率における観察から直接に得られる確率係数を1/2に減らし、必要があれば細胞死の効果を考慮して修正することを決定した。データには大きな散らばりがあり、委員会は、この数値を選んだことはやや恣意的であり、多分保守的かもしれないと認識している。高LET放射線によるデータの解釈にはそのような係数を用いない。委員会は、この低減係数を線量・線量率効果係数DDREFと呼ぶ。この係数は、0.2Gy以下の吸収線量、および、線量率が1時間あたり0.1Gy以下の場合のもっと高い吸収線量による、すべての等価線量について確率係数の中に含められた。」『ICRP1990年勧告』(74)p.23

[4]  ICRP 日本人委員丹羽太貫(京都大学名誉教授)他「放送倫理・番組向上機構への提訴状」2012.5.7 p.5

[5] 放射線医学総合研究所 米原英典 お茶の水女子大学で放射線医学特論「放射線防護体系」講義資料7ページ「放射線防護の歴史4.1990年勧告」、中川保雄『<増補>放射線被曝の歴史』(明石書店)2011(1991出版の増補版)中川氏の本の中には、低減係数についての記述そのものは見当たらない。

[6] 『ICRP1990年勧告』(B62)p.131,132

[7] 「(7)放射線による白血病およびその他の型の悪性腫瘍の誘発機構はわかっていない。100rad以上の線量を受けた後にこのような誘発がおこることは現在はっきりしているが、それ以下では悪性腫瘍は生じないというしきい線量が実際に存在するかどうかは不明である。」「(43)公衆の構成員の線量限度を放射線作業者の値の1/10に決めることが適切と考える。現在この点についての放射線生物学的上の知見が十分でないので、この係数の大きさにはあまり生物学的意義をもたせるべきではない。」『国際放射線防護委員会の1965年勧告』1965年勧告の中には低線量被曝による致死がんリスク推定値を掲載していない。

[8] 「ICRP Publ.26においてもリスク係数の推定のために高線量からの直線外挿に対して1/2の低減率を考慮していた.」草間朋子『ICRP1990年勧告』(日刊工業新聞社)p.140

[9] Stather,J.w.: Dose and Dose Rate Effectiveness Factor, Radiological Protection Bulletin (NRPB) No.115,13-18( 1990)
A DDREF of 2 was used by ICRP in 1977 for assessing the risks of cancer induction  for radiological protection purposes based on conclusions by UNSCEAR. (Radiological Protection Bulletin (NRPB) No.115,p.17)
2のDDREFは、UNSCEARによって結論に基づいて放射線防護の目的のためにがん誘発のリスクを評価するために1977年にICRPによって使用された。(小沢訳)
1977年UNSCEARでは、DDREFという用語は使われていない。(小沢)
「ICRP は、国連科学委員会の1977年報告に基づき、DDREF の値として2を採用した。」ICRP 日本人委員丹羽太貫(京都大学名誉教授)他「放送倫理・番組向上機構への提訴状」2012.5.7
出版物の発行の日付は実態を表さないこともありますが、UNSCEAR 1977 REPORT SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATIONの出版は1977.7.5です。ICRP1977勧告は、1977.1.17に採択されています。ICRP1977勧告の根拠を後に発表されたUNSCEAR 1977 REPORTに基づくというのが可能なのかどうか疑問が残っています。

[10] 「237.放射線によって、その他の器官に誘発される癌のリスクについては、ある非常に妥当な値が示されているが、全発癌リスクは、各器官個々からそれへの寄与を和すことでは得られない。」p.467「247.(前略)全ての悪性疾患による終局的な総死亡数は、白血病のみによるしれの4~6倍であろう。」p.471「(致死的悪性疾患の全危険度に関する)この推定は身体各器官のリスクを加算しても確実に得られない。なぜならばある部分、とくに低い誘発率のものは正確度が欠けているからである。しかし、いくつかの知見からすると、男女とも、また年齢層を問わず平均して致死的悪性疾患の全リスクは白血病のみのリスクの5倍程度である。()内は小沢が挿入」「かくして致死的悪性疾患の平均的誘発危険度は10-4/rad」p.29(手元に資料が無い。念のため確認)『UNSCEAR 1977 REPORT,SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATION. 1977 report to the General Assembly, with annexesの和文である『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』

[11] 317項、318項p.482『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』
「(B62) (4)他の機関により過去においてリスク推定に実際に利用されたDDREFとしては、2と2.5を用いたUNSCEAR(1977)、おそらく5までを示唆したUNSCEAR(1986)、および2から10を勧告したUNSCEAR(1988b)がある。BEIRⅢ委員会(NAS、1980)は2.25のDDERFを用い、BEIRⅤ委員会(NAS 、1990)は2あるいはそれ以上を勧告したが、計算では白血病の場合にのみ2を、その他のがんには1を適用した。NUREG(1989)は3.3を用い、米国国立衛生研究所グループ(Rallら、1985)は、2.3を用いた。これらを考慮して、またとくに限られたヒトでの情報がDDREFはこの範囲のうち低い値であることを示唆していることを考えて、委員会は放射線防護の目的のためにはDDREFとして2という値の使用を勧告することに決定した。ただし、この選択はある程度独断的であり、また保守的であるかもしれないことは認識している。もしも新しい、もっと決定的な情報が将来利用できるようになれば、この勧告の変更は当然予想できる。」『国際放射線防護委員会の1990年勧告』p.132

[12] 185項p.699『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』

[13] 『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』320節p.487

[14] ICRP 日本人委員丹羽太貫(京都大学名誉教授)他「放送倫理・番組向上機構への提訴状」2012.5.7 p.5

[15] 『国際放射線防護委員会の1990年勧告』表B-10p.149から孫引きですが、できるだけ原典にも当たるようにしました。UNSCEAR1977の数値は、表B-10の数値2.5%も掲載した。UNSCEAR1988の247節、248節、p.45にも2.5%の記述がある。
表10-4草間朋子『ICRP1990年勧告』(日刊工業新聞社)p.146低減係数が考慮されているのは、UNSCEAR1977、ICRP1977年勧告、ICRP1990年勧告だけ。

[16] 『放射線の線源と影響(1977年国連科学委員会報告書)』318節p.482 個々の致死がんリスクを足し合わせると、1.25%/Svになる。

[17] 『放射線の線源・影響及びリスク(1988年国連科学委員会報告書)』表10 p.44